3.白子

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3.白子

 あらすじ!  文殊菩薩発案の作戦『神々の粉飾決算』とは、《地上の人間800万人を現人神に昇格させ、人数を水増しし、一時的に『八百万(やおよろず)の神々』を実現する》という奇策であった!  その意を受けた日本神話と仏教の神仏たちは、現在、文殊菩薩の策を実現するため、地上に降り立ち、東奔西走で人間達のスカウトに駆け回ってるのである! 「つまりそういうわけで、俺は君をスカウトしに来たんだよ。大代弥生(おおしろやよい)君!」  真夜中、ボロアパートの玄関先で力説するイザナギ。  煙草ふかしながら、胡散臭そうに演説を聞いていた家主の青年――大代弥生はにっこり笑ってからミネラルウォーターのふたを開け、――イザナギの頭上にぶん投げた。  イザナギは、慌てて腕で庇うが間に合わない。ぐっしょりと水を被ってしまった。 「み、水は、勘弁してよーー!」 「はン、『俺が神だ』なんて言い出すアホ相手には、これが一番効くんだよ。少しは目が醒めたか酔っ払いさんよ」  弥生は、ケッと片頬を上げて、煙草の煙をぷわっと吐き出した。 「俺は酔ってないってば!」  イザナギは露骨な酔っ払い扱いに怒って顔を赤くし、――そして、それより重大な事実に気付いて慌てだした。 「……って、んなことより俺に水なんて掛けたら、禊(みそぎ)扱いされて――」  言ったそばから、髪からしたたり落ちた水がイザナギの頬をなぞり、    ……そこからズルリと白子のような謎の生き物が生まれ、びたーんとコンクリの床に叩きつけられた。  ……めちゃビチビチしてるー!  その一匹が呼び水になったように、ぼたぼたと沢山の白子がイザナギの体から伝い落ちて、同じようにコンクリの上を跳ねまわった。   ――大昔、黄泉の国から戻ったイザナギが、穢れを祓うために禊(みそぎ)を行い、その体から多くの神々が産まれた。  これぞ古事記にも記述されてある、神産みである。  禊とは、日本の主神、天照大御神をはじめ、月読命、スサノオなど数々の尊き神々が産まれた神聖な儀式。……だったはずだ。  今となっては、六甲のおいしい水とボロイアパートで、真夜中に神産み……。 「……」 「……」  凍りつく二人――。  そして薄暗い街灯に照らされ、コンクリの上をびちびちとしているイキのいい白子(神)。  とても、シュールです……。  イザナギはてへっと小首を傾げた。 「い、生き物ふしぎ大発見?」 「……生き物っつーより、生物(ナマモノ)な」  冷静な口調と裏腹に、弥生の指は煙草の灰でぶすぶすと焦げつつあった。  だが全く気付いてないらしい。相当動揺しているようだ。  無表情ながら相当混乱している弥生の反応に、イザナギは気まずそうにポリポリと頭を掻いて、白子(神)を一人(一匹?)つまみあげた。 「あー、正式な禊の作法踏んでないから、みんな蛭子(ヒルコ)だ。ひのふのみの……50匹くらいかな」  慣れてるのかビチビチ跳ねてる白子――もとい蛭子をポイポイと一ヵ所に集め、イザナギは腕に抱え上げた。  え、どうすんだそれ……? と弥生はとうとうフィルターだけになった煙草を指に挟んだまま、呆然と凝視している。  が、イザナギの次の行動を見て、煙草を放り投げて慌てて制止する羽目になった。  なんとイザナギは、アパート前の側溝に蛭子を流そうとしたのだった――! 「ちょ、待てって! なんでナチュラルに下水に流そうとしてるんだよ! うちの下水道が不思議生物(フシギナマモノ)で詰まったらどうしてくれるんだよ!」  イザナギは、きょとんとして弥生を見上げた。 「え、ほら蛭子は葦船に乗せて海に流さないと……。古事記にもそう書かれている」  まさかのリアル古事記だった……。アイエエエとか言ってる場合じゃない。 「外道か! そいつらも見てくれはアレだけど、アンタの子だろ! そんなあっさりと……」  ドン引きしつつも必死で止めてる弥生に対し、イザナギは何を勘違いしたのか、ふっ……と遠い目をしつつ、キメ顔をした。 「ふっ、この子たちは外海で立派に成長して、いつか日本に帰ってくるんだよ。昔蛭子だったエビスは、そうやってうちに帰ってきたんだ…… 」 「鮭の稚魚の放流みたいなことしやがって……」  弥生は夜空を仰いで、次々と起こるついていけない事態に嘆息した。  元凶のイザナギといえば、側溝に溜まった水の中を元気よく泳ぎ出していく蛭子達に、ばいばーいと手を振っている。うぜえ……。  さてと。と、イザナギは立ち上がり、頭を抱えるばかりの弥生にどや顔をして見せた。 「まぁこれで、俺が神だって信じてくれたと思うんだけど……。どう、もう一度俺の話聞いてくれる気ない?」  ……まぁ確かに、こんなとんちんかんな生き物が人間でいていいわけがない(酷)  弥生はこれ見よがしにため息をついて、玄関の扉を開けた。 「……はぁ。入れよ。アンタが神様で俺に頼みたいことがあるっていうんなら、俺もちょっとアンタに頼みがある。交換条件といこうじゃねぇか」 「弥生くんは、物分かりがいいなぁ。へっへへ、悪いようにはしないから安心しな」 「……アンタが日本最古の神ってこと自体、タチの悪い冗談だと思うぜ」  弥生のこの上なく切実な独り言は、鼻歌を歌まじりにアパートに入っていくイザナギの背中に綺麗に跳ね返された。
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