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4.SSR(スペシャルスーパーレア)な一般人
「なんつーか、サツバツ――い、いや、侘び寂びを感じさせる部屋だね!」
「殺風景だって言いたいなら、素直にそう言えよ」
「夜逃げ前夜みたいな部屋だね!」
「素直すぎんだろ!」
大代弥生(おおしろやよい)の部屋に通されて、まず目についたのは丸いちゃぶ台、そしていくつかの段ボール箱だった。
というかそれしかなかった。
さては引っ越し前か、引っ越し直後か。
茶器の類も全部段ボールの中らしく、茶の代わりとして、ちゃぶ台にドンとミネラルウォーターのペットボトルが置かれた。
今度はヴォルヴィックといろはす……。
さっきの六甲のおいしい水といい、何このミネラルウォーターコレクター……。
ドン引いて見上げるイザナギの視線をどう受け取ったものか、立ったままの弥生は気まずそうに視線をそらした。
「事故で兄貴が入院してンだよ。意識不明のままで、もう一年になる。俺は兄貴と同居してたんだけど、もう治る見込みもないってんで、家賃の折半が見込めなくなった。だからもっと安いところに引っ越す。それだけだ」
まさかの引っ越し理由の方だった。
いや、俺はミネラルウォーターコレクションに引いてただけで、そんな身内の病態とか重い話聞かされるとか思ってもみなかったんですー!
と、イザナギは顔面で語ってみたが、弥生に「んなマジな顔すんなよ。俺は大丈夫だからさ」と、ふっと切なそうな声で笑い返された。
(重い……! シリアスより、シリアルが俺の信条なのに……! もうやだ、人間怖いひきこもるー!)
シリアスアレルギーにガクブルしているイザナギをよそに、よっと腰を下ろした弥生は、ヴォルヴィックのキャップを開けつつ、何事もなかったかの様に口を開いた。
「ンで? 800万人の神様キャンペーンに当選したわけだな、俺は」
「な、なんか、スマホゲーの登録者数800万人突破キャンペーンみたいですけど、そのとおりでございます!」
「? 急になにかしこまってるんだアンタ?」
「い、いやなんでも……」
シリアスとシリアルの振れ幅に混乱していたイザナギだが、ぶんぶんと首を振ってなんとか誤魔化してみる。
弥生は、ふうん? と眉をしかめて未だに不審そうだったが、誤魔化されてやることにしたらしく今度は別の疑問を口にした。
「玄関先で言ってた、『神々の粉飾決算』? ってのが、本当だとして……なんで俺のところに来たんだよ。もっと神様に近い人間のところに勧誘に行けばよかったのに」
イザナギは小首を傾げた。
「いや、俺も今までは神主とか巫(かんなぎ)とかの神職関係者を勧誘してきたんだけど、どうもお前の係累(けいるい)? 的なアレがなんか強い神らしくて、これはスカウトしなきゃなって」
これは、仏教の天部、北辰妙見菩薩からの情報である。善悪や真理を見通す仏なので、確かな情報である――はずだ。
だが、弥生はますます胡散臭そうに眉根を寄せた。
「ウチの先祖に神サマが? いや、そんなご立派な家系じゃないぞウチは。とくにいわれもないし」
それを受けて、やっぱり! と、イザナギは両手を打ってあっさりと前言を翻した。変わり身の早さは文殊菩薩の折り紙つきである。
「だよな。納得した、多分間違いだわ。いやー、今まで神主とか、多少は霊力ある奴らスカウトしてきたから、逆におかしいと思ったんだ。いや、こんなふっつーな奴とかかえって新鮮だな。霊力もないし、顔も平凡だし、歴史的一般人って感じ。……あ、なんか緊張してきた。あああ、あの! ずっとファンでした! あ、あの、あああとで写真とサインお願いします!」
「なんだよ歴史的一般人って! 逆に有名人扱いしてるじゃねぇか!」
「やだ、つっこみも素敵……」
イザナギのテンションがヤバイ。
だって仏が間違えるなんて、スペシャルスーパーレアだ。SSRだ!
そもそも、北辰妙見菩薩自体、伝承によって姿が全部異なり、神仏習合して同一存在とされる天御中主神も古事記に一回しか出てこない謎すぎる神なのだ。
まぁ、間違いもあろうね。珍しいけどね!
一方、テンション高いイザナギとは真逆に、弥生の機嫌は底まで落ちた。勘違いされた上におちょくられてるんだもん、仕方ないね。
ひくひくと弥生の片頬が引きつり、地を這うようなおどろおどろしい声が響いた。
「間違いっていうなら――!」
帰れよ!
と、弥生が最後まで怒鳴る前に、イザナギはさらりと言った。
「でもまぁ、せっかくだし、ついでに神になっとく?」
「勧誘、軽ッ!」
突っ込みに思わず力が入った! 気は抜けた! ぷしゅー。
「だって神様候補探すの大変なんだよぉ。お前で800万人目だしー、多少の間違いでも名簿に載ってるんだから、文句言われないってー。お前もなんかお願いあるって言ってたじゃーん。ここで神様勧誘蹴ったら、お願いも叶えてあげないよー」
そういいながら、イザナギは人様の家の畳でごろごろ転がりながら、手足をばたばたさせた。
高天原でも人間界でも平常運転で駄々っ子である。最古神ェ……。
そしてイザナギの駄々こねは、『ふしぎなおどり』とも見まごうような、どんどん気力的なものが吸い取られる駄々こねである。
弥生は頭痛を耐えるようにこめかみを抑えた。
「バタバタすんな、うっとおしい。……だからって、ふてくされてじっとりした目で見んのも禁止。……わかったよ。神様だろうが、悪魔だろうがなんでもやってやるよ」
眼力(のウザさ)だけで、人間一人落とす神、イザナギ。
弥生の降伏宣言に、無言でぐっとガッツポーズをしていた。これまたウザイ。
付き合いの長い文殊菩薩仏でさえ、最近は諦め気味であるというのに、ただの人間がかなうべくもなかったのだ……。
「あぁ、でもお前のお願いって結局なんだったん?」
気がすんだのかケロリと元の調子で尋ねるイザナギに、弥生は脱力感に疲労しつつも律儀に答えた。
「今更かよ。……はぁ、願いってのは入院中の兄貴のことなんだけどな」
「まて、死人蘇らせるってのは流石に無理だからな。お兄さん、死んだ嫁を冥府に迎えに行って、逃げて帰ってきたヘタレなんだからな! 期待しちゃダメだぞ!」
ぶんぶんと顔の前で手を横に振り、必死に拒否するイザナギ。
そこまで必死だと、逆にかわいそうになってくる。弥生は微かに笑った。
「……自分でヘタレ言うのかい。まぁそんな無茶言わねぇよ。そもそも、兄貴は目が覚めないってだけで、まだ生きてる。俺の願いってのは、女を探すことだ。――兄貴の彼女だよ」
イザナギは、意表を突かれたように瞬きした。
兄貴の彼女の行方を、なんで弟が捜すんだ?
しばらく沈思したあと、イザナギはおそるおそる忠告した。
「……俺、たとえ身内だろうと、人の痴情のもつれほどメンドクサイものはないと思うんだ」
だからあんまり関わんないほうがいいと思う。と言外に告げる。
その意を正確にくみ取って弥生は苦笑した。
だが、その眼は全く笑っておらず、声に至っては怒りが滲んでいた。
「まったくの同感だが、あの女を見逃してやる義理はねぇな。俺の怒りが収まらねぇ」
笑顔というより、肉食獣の舌なめずりのようだった。
イザナギは、こいつ引き込まなかったほうが、面倒が少なかったんじゃないかなー? と引きつった顔で考えた。
でも交換条件は成立してしまった。
時すでにおすし。
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