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5.逃走中の兄貴のカノジョとハンター(弟)
「実は、女の名前も知らないんだ。俺が大学から帰ってきたら、この部屋に黒髪の女がいてさ。多分、兄貴を待ってたんだな。合鍵も渡されてたんだと思う」
「わぁ、ちょうちょだー」
「まぁ、その時は驚かせちまって逃げられたんだけど」
「よるのちょうちょ、……綺麗だけど金(かね)の華にしか寄らないのよね。ふふ、あの人と一緒」
「……お前、耳塞いで何してんの。人の話は聞け」
片手で耳を塞ぎつつ、窓をつつーっとなぞっているイザナギの背に、弥生は呆れた声をかけた。
ちなみに真夜中なので、蝶がいるはずもない。……夜の蝶なら、ハイヒールの音も甲高く、今まさに窓の外を歩いて行った。
だからなんだというんだこいつは。
人探し引き受けたくせに、このアホは手がかりを聞く気もないらしい。
あきれた表情の弥生を見上げて、イザナギは逆切れした。
「だって、話がドシリアスなんだもん! 俺、シリアスな空間にいるとどんどん穢れていくって特異体質があって――!」
「嘘だろ」
「うん、嘘。でも耐え切れないから、三行でまとめて。さん、ハイ」
弥生は、ため息をつきつつ応じてやった。
「・事故の日、兄貴がそわそわしてて、かわいい子に会ってくるって出かけて行った。
・出かけた時は普段服だったけど、事故当時はオーダースーツを着ていた。多分プロポーズするために着替えた。
・車の後部座席に大量の女物の衣類とアクセサリーがあった。着た形跡があったから、返されたのかもしれない。
・事故現場に、女の毛髪。あの女、重症で意識のない兄貴を置いて現場から逃げやがった」
弥生は一気呵成(いっきかせい)に言い切ると、煙草に火を付けた。
投げやりというか、イライラしているようだった。
煙草の灰を灰皿に落とすしぐさも乱暴である。
「もうわかったろ? 瀕死の兄貴を見捨てて現場から逃げた女を探してほしいってことだよ――って何してんのお前?」
イザナギは死んだ魚の目をして、床でびちびちしていた。
「……TOKIOに捕まって、すげぇ顔してんな! って唐突にDisられた奇跡の深海鮫、ゴブリンシャークのまね」
「さっきの白子の真似かと思ったぜ」
慣れてきたのか弥生のツッコミも冷静である。
「も、もう耐えられない……。俺シリアスアレルギーなのに、この仕打ち。しかも、三行にしてって言ったのに、しれっと四行にしやがった。SAN値がピンチでめっちゃ穢れた気がする……。今なら、神産みで天照大神級の主神産めそう……」
今度はぺったりと畳にふせたまま、イザナギはブツブツと文句を垂れた。
その姿を見て弥生は気がそがれたのか、肩を竦めてすんなりと謝った。
「悪かったよ。あの女見つけてくれたんなら、あとはこっちでやる。それ以上の迷惑はかけねぇ」
「ほんとだな! 約束したからな! 熊野の三羽烏に誓えよ!」
そういって、イザナギがどこからともなく取り出したのは、熊野午王宝印という神札である。
誓約を書く「誓紙」として用いられることが多く、そこに書いた誓約を破ると破った本人は血反吐を吐いて死に、地獄に落ちるという……。
あと熊野の烏も巻き添えで三羽死ぬ。
烏が一体なにをしたというのか……。
そして、そんな最終兵器を一般人に持ち出してきたイザナギの精神がヤバイ。
弥生は、知ってか知らずかはいはいとサインした。
時すでにおすし(デジャヴ)
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