薔薇の茶会

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「トランシルヴァニアでは今でも占領地時代のトラキア兵を吸血鬼と呼んでいるんです」  流浪の王女はまるで自らが責められる立場であるかのように華奢な軍服の肩を落とす。 「曾祖父も『トランシルヴァニア城で傀儡として暮らしていた頃が一番辛かった』と繰り返し語っていたそうです」  男装のナディアの曾祖父、ヴラド二世。幼くしてワラキア国王に即位した彼は、しかし、政変で退位、隠棲を余儀なくされていた。  ワラキア侵出を狙っていたトラキア軍部はこの若き廃王に王政復古を持ちかけ、王家発祥の地であるトランシルヴァニアに廃王一家を連れ出した。 「自分はあまりにも軽率で愚かだったのだと」  こうして新たに成立したトランシルヴァニア王国の国王として即位したヴラド二世(トランシルヴァニア王国の国王としては『ヴラド一世』)だが、彼にも付き従ってきたワラキア人の臣下たちにも実権などはもちろんなくトラキア軍部の傀儡に過ぎなかった。 「ずっと、トラキア人に用済みとして殺されるのを怯える日々だったと」  トラキア軍部は廃墟だったトランシルヴァニア城を豪壮に改築し、国王一家はそこに住んだが、それは華麗な監獄のようなものだった。 「王妃も殺されたようなものだと」  アヘンに溺れた王妃は夫と幼い子供たちを遺して若くして病死した。  これも当時から「トラキア人に毒殺された」という噂が絶えなかったそうだ。 「今のワラキア政府はあのばかでかい城を『国恥記念館』として一般公開、そこでは曾祖父夫妻の写真を『傀儡国王夫妻』として展示しているそうです」  流浪の王女の視線の先では、庭園のアーモンドの木々が細い裸の枝を微かに揺らしていた。  この部屋はこんなに暖かいけれど、ガラス戸越しに見える外にまだ春は来ていない。
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