薔薇の茶会

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「またデモか?」  私の思いをよそにナディアが運転手に尋ねた。 「ええ」  運転手はオレンジ色の灯りが照らし出すトンネルの車道の前方を見据えたまま白髪の混ざった頭を頷けた。 「今日はブリタニア大使館に火炎瓶が投げ込まれて機動隊が出動したそうです」  アメリカ再併合に反対する動きはこの国でも起きている。  その根底にはブリタニアの覇権主義に迎合する現行政府への反発があるのだ。 「そうか」  隣国の王女は影になった軍服の肩を仔細に眺めて僅かにそれと分かる程度に落とした。 「あの爺さんにまた口実を与えてしまったな」  トンネルを抜けると、完全に夜の闇に染まった外に出た。  この道はどうやら灯りもトンネルに入る前の道と比べて疎らなようだ。  黒い闇に浸された高級車の中ではビロード張りの座席の柔らかに沈んでいくような感触が一ミリずつ体を溺死させていく底無し沼のそれに思えてくる。  早く、私と母さんの住む、宮殿や大使館とは比べ物にならないほど小さくてみすぼらしい、しかし、どこよりも温かなアパートの部屋に辿り着かないか。  夜空に遠く煌めく星に祈るような思いで私は行く手に目を凝らす。 (了)
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