ガラスペンの夢

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透明感のある青色の空に、少しずつ赤みが混ざっていく。空が赤紫に変わっていく。それをただただ、美しいと思った。 自分が寝っ転がっていることに気が付いて体を起こす。 シャープな光を反射する黄緑色の草原がどこまでも続いている。柔らかい風が吹いて草原が揺れるとシャラシャラと綺麗な音がした。 不思議に思っていると突然後ろから話しかけられた。 「綺麗でしょ。」 驚いて振り返ると陶器のような、それより透明感のあるような肌をした二人の子どもがいた。 名前を尋ねれば嬉しそうに笑いながら、「びいだま」と「びいどろ」だと答えた。 「ここはどこだい?」 「どこでもないよ?」 「どうしてここにいるんだろう?」 「あなたが望んだからだよ。」 甲高い声で二人は笑う。笑い声には湿気が無く、どこかからりとしていた。二人の子どもは嬉しそうに自分と一緒に歩いた。 草原の植物は先端の緑は透明に近いほど薄く、地面に近く、植物の厚みが増すほど濃い緑になった。上手く地面が見えなくて、背筋を冷たいものが走った。  ゆっくり歩けば青色の美しい川にぶつかった。向こう岸は見えるけれど、泳いだりするのは得意では無かったように思う。どうにか渡る手段は無いかと辺りを見渡す。橋か、船かが見つかると良いのだけど。 子どもはそんな自分を気にも留めず、川に勢いよく踏み出した。水が跳ねるのではないかと身構えるが、水しぶきはついぞ跳んでこなかった。驚いた自分は目を見開く。子どもはこちらを不思議そうに見ながら、川の上に立っていた。 「この川は凍っているのかい?」 尋ねると子どもは「まさか!凍っちゃあいないよ。」と答えた。 「この川は流れていないのかい?」 尋ねると子どもは「まさか!流れているとも!!」と答えた。 自分にはさっぱり意味が分からなかった。けれど、恐る恐る足を踏み出せば、危うさはあるものの確かに川は自分の重さを受け止めた。じっくりと見る。確かに凍っちゃあいない。しかし流れているようには思えなかった。そう告げれば子どもは可笑しそうに 「見ていればいい。確かにゆっくりだけど、流れているのだから。」 と返事をした。子どもを見れば二人とも口元に笑みを浮かべている。 「時間はいくらでもあるのだから。」 そう言われて思う。時間はいくらでもあるのだろうか。 その言葉に心臓が縮まる気がした。冷や汗が滲みだし、一歩を踏み出す。 名も知らぬ焦りが私の心を満たしていた。 「おや?眺めないのかい?」 子どもの言葉に返事もしないで足早に進む。  草原の中に一本の木が見えた。その木の幹が透き通っていないことに安心しながら、その木に近づく。 けれどそこには自分の求めていた物は無かった。木に手を当てればつるりとした触り心地と冷たい温度が広がっている。 これは木ではなかった。木の葉を見る。確かに自分は木の葉の裏が、光を通すのが美しいと思った。 しかしそこには確かに陽の光の、そして木自体の温度があったのだ。こんな温度が無い木漏れ日があってたまるものか。 そうして自分はこの世界が何なのか分かったような気がした。 分かったような気がした瞬間、焦りは最高潮に達し、声の限り叫んだ。 この温度が無い世界が割れて、バラバラに砕けてしまえばいいと、全力で。 しかし世界は砕けない。視界の端に自分を見ながら笑う子どもが映る。 耳は自分の叫び声でもかき消せないシャラシャラと湿気を含まない美しい音と、ぽっぴんぽっぺんと場違いに楽しそうな音を拾い続けていた。
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