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「……あ、あの……あのね……か、からだが……引っ張られるの……呼んでるのよ……お姉ちゃん……わたし……行かないと……おうちのなかへ……行かないと……」
留依の両目の黒目が異様に大きくなっていた。そのかわいらしい容貌は蒼白となり、言葉を紡ぎながら、微かに痙攣していた。
「正孝、隆、お願い、留依を担ぎ出して。とりあえず救急病院に連れていかなくちゃ!」
「お、おう」
正孝と隆はいま起こっている事態を咀嚼できず、明らかにテンパっていた。
「……だめ……行かなくちゃ……だめ……会わなきゃ……行くから……行くから……」
留依の口から間断なく意味不明な言葉が漏れてくる。
正孝と隆は両側から留依の躰を支え、とりあえず立たせようとした。
「……だから……だめだって……呼んでるんだから……だめだって……行かなきゃ!」
留依はそう云うが早いか、すっくと立ちあがるとフラフラと前に歩き出した。
「ちょっ、留依、なにしてんのよあんた!」
鏡花は予期せぬ留依の行動に度肝を抜かれた。
「留依、落ち着け。もう帰るんだよ、留依」
しかし、正孝の言葉は留依の耳にはまったく届いていないようだった。
留依はおぼつかない足取りで朽ち果てた廃屋に近づいていく。鏡花、正孝、隆はすでに冷静な判断力を失い、ただオドオドして「留依、留依」と彼女の名前を呼ぶことしかできない。
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