追跡者S 3

2/11
368人が本棚に入れています
本棚に追加
/422ページ
 のんびり屋の蛍は、幼少時代、会ったこともない父の存在を不思議に思っていた。鈍感だった蛍は、近所のお友達が手を繋いでいる背の高い男性――パパをただ茫洋と眺めながら首をかしげていた。  楽しそうな友達の笑顔、そして幸せそうなパパとママ。夕暮れ時、手を繋ぎながら家路に着くお友達の家族。自分はいつも一人だよなあ、それでも蛍はその環境にさしたる不満も抱かなかった。  蛍は決してしつこく母に父親の存在を問い質したりはしなかった。子供ながらに忖度(そんたく)していたのかも知れないし、元来そういったものに鈍感だったのかも知れない。  どうして自分には父親がいないのだろう、そう決定的に感じ始めたのは小学校二年生の頃だっただろうか。土曜日に実施された授業参観につめかけた、たくさんの父親たちを見たとき、フト疑問が生じた。「なぜ、この人たちはこんなにも楽しそうに、しかも笑顔でずっと後ろに突っ立っていられるのだろう?」 驚いたことに、なかにはビデオを回している父親もいた。  小学校を卒業して中学生になると、もう父親のことなどどうでもよくなった。クラスのなかで浮いていた蛍は、孤独な昼食時に周囲の女子たちがヒソヒソと父親の悪口を云っているのを聞いた。それによると父親というものは、無神経で排他的、さらには愛情をはき違えている愚鈍な生き物らしかった。なんだ、そんなに面倒くさい存在なんだ。蛍はたんにそう感じ、やはり父親という未知の存在を封印した。
/422ページ

最初のコメントを投稿しよう!