追跡者S 3

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 蛍の母、清美は、大らかではあるものの、仕事でツラいことがあると時にふさぎ込み、短気になることがあった。時折、見せる母の凶暴性と不安定さを、蛍は極めて冷静に観察していた。大人も大変なんだね――蛍はただそう考え、自室に閉じこもると想像の世界に埋没した。小さなころから本を読むことが大好きだった蛍は、確かにとても内向的な性格の持ち主だった。よくいえばマイペースで独創的、しかし他の観方をすれば協調性がなく、いつも周囲から浮いていた。蛍は我が道を行く少女だった。  蛍が高校を中退した理由は、清美からすると納得のいかないものだった。蛍はたんに「あそこは私がいる場所じゃない」と頑なに登校を拒否した。清美がいくらその理由を問い質しても、蛍は沈黙を貫き通した。あまりに頑固で融通の利かない娘の態度に清美は辟易し、それ以降、ふたりの会話は激減した。  最終的に清美は高校に退学届けを提出した。蛍が得た多くの自由時間は彼女にとって決して怠惰で無益なものではなかった。蛍の想像癖は、ある時点から、ひとつの特殊能力として開花していった。蛍は想像した風景を細部に至るまで脳内でクリアに視覚化し、極めて現実的な体験として空想の世界に入ることができた。
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