神秘なる山麓を超えて 1

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 だが、余計なことばかりが頭に浮かぶ。  アサシンの方向性やマーケティング戦略について、今週末のステージのこと、 来年に控えた大学受験のこと、残り少ない高校生活のこと、そしてアイドルを目指していてもやっぱり憧れてしまう彼氏とのデート……。当分、無理だろうけどね、きっと。  間断なく沸き起こる思考が連鎖し、さらに心の靄が濃くなっていく。暫くそういった心の葛藤と格闘し、微睡んでいるあいだに留依はほんの浅い眠りについた。  留依は湖に浮かぶ小さなボートに乗っていた。空を見上げると美しい満月が輝いている。ああ、たくさんの星が見える。ああ、なんてきれいなんだろう、宝石を撒き散らしたかのような煌めく星々、彼方の星雲、そして背景を染める漆黒の暗黒宇宙。夢の中の留依は、美しい天空のキャンパスに心を奪われた。  湖の先に小さな緑なす小島が浮かんでいる。ギャオ、という鳴き声を上げ、1羽の巨大な鷲が空に飛び立った。鷲は天空を滑空しながら、やがて闇の中に吸い込まれていった。  ボートに揺られる留依の頬を心地好く冷たい風が撫でる。決して寒くはない。かといって暑くもない。まるで皮膚感覚が麻痺して、周囲の空気と同化するかのような、そんな不思議な感覚に包まれる。「ああ、とても気持ちいい」留依は存分に弛緩した。
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