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「勘違いなんかじゃないわ。あなたは私のお姉ちゃんよ、來桜姉ちゃんよ。ねえ、一体どうしたの? 私のこと忘れちゃったの? 私よ。冴蘭よ」
「えっ……冴蘭……そして私は……らら……?」
「そうよ。随分とショックなことがあったから、もしかして自分の名前を忘れてしまったの? そうね、ちょっとした記憶喪失になっているのかもね」
ああ、わからない……一体、どうしたらいいんだろう。私の名前が來桜? えっ、でも私の名前は……ええっと私の本当の名前は……あれ……私の本当の名前はなんだっけ……?
留依は茫洋とする意識のなか、自己の中心軸が曖昧になっていくのが分かった。
ダメだ……ダメだこのままじゃ……ちゃんと……ちゃんと否定しないと……私の……私の名前は……えーっと……そう、私の名前は……あれ、なんだっけか……?
空転する意識のなか、留依は必死に自分の名前を思い出そうとしていた。
そのとき、突如、上空からバサササササー!という風を切る音が聞こえてきた。次の瞬間、小さなボートの上、留依と冴蘭の間に、ひとりの女が舞い降りた。小さなボートがその衝撃で大きく揺れる。
「冴蘭……逃げても無駄よ……」
女はそう云うと冴蘭をねめつけた。
ばさばさに伸びた黒髪、顔はとにかく丸い。体型も含め、明らかに小太りの女である。前髪の下には丸い瞳が可愛らしく整列している。団子花に大きくて分厚い唇。だが、どこかしら愛嬌がある。
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