砂の薔薇

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見慣れぬ町の一画が 琥珀に染まる夕暮れ時。 一夜限りの女と二人 私はひと気の無い路地裏に 迷い込んだ。 そこにはまるで 人目を忍んでいるかのように ひっそり佇む小さな店。 砂時計を売っているようだ。 まるで何かに誘われるみたいに 足を踏み入れたその店には 埃を被った大小様々な アンティークの砂時計が並んでいた。 誰もいない薄暗い店内は 耳元で囁くように 砂粒が落ちる音だけが 微かに聴こえた。 一瞬の眩暈。 霧に包まれ 視界が閉ざされる。 そこは見渡す限りの砂の海。 心許なく砂に浮かぶ小舟の上。 砂だというのに突然 それは液体のように波打ちうねり 舟はバランスを崩す。 私は舟から落ちた女の手をしっかり握る。 私の手を力一杯掴んでいた女は 「ほぅ」と小さく溜息を吐くと 頭まで砂に沈んだ。 女の手は緩み 私の手からすり抜けそうになる。 女の髪の毛が絡みつく白い手を 力を込めて引き上げると 手首から下は……白骨になっていた。 砂粒という貪欲で小さな生き物が あっという間に腕に群がり 女の腕を食い尽くす。 驚いて手を離す。 砂に落ちた女の腕は みるみるうちに白く美しい骨になる。 砂のバミューダトライアングル 魔の三角地帯。 流砂の波間に見え隠れする 年代物の船や飛行機の残骸。 私を乗せた小舟は儚くも 膨大な時という名の流砂に 呑み込まれていく。 砂の一粒一粒が 一秒、一分、一時間、一日、一年。 もがきながら私は サラサラと時間の砂へと沈んでいく。 肉も脂肪も皮膚も 夢も欲望も虚栄心も 全て心地良い陶酔に浄化されていく。 私は干からび白骨となり いつしか安らかに風化する。 髑髏の眼窩の空洞に響くのは ただ砂が風に吹かれる音のみ。 色の無い月が煌々と照らす砂紋の波。 砂が作り出す静寂の淵に 砂漠の薔薇が、一輪咲いた。
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