Tea, a drink with jam and bread

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Tea, a drink with jam and bread

洋館からは見えない大木の陰に、その人は座っていた。バラが咲き乱れる花園に設置された小さなテーブルには、ポットとカップ、それに軽食が用意されている。 「トラップ夫人ですか?」 十織(とおる)が声をかけると、彼女はゆっくりと振り向いた。 「ようこそ、高校生探偵さん。2人同時にいらっしゃるとは思わなかったわ」 アリサが先に走り出したものの、十織とはコンパスの差がありすぎた。とはいえ追い越すのもフェアじゃない気がして、十織は彼女と並走してバラ園に到着したのだった。 「どうぞ座って。喉が渇いたでしょう?」 穏やかな笑顔で勧められ、十織は婦人の向かいの椅子に腰をかけた。 これで解決、だな…… 安堵の息を吐き、立ったままのアリサを見上げると、彼女の顔には警戒が滲んでいた。 「どうし…… 」 言いかけた十織の鼻腔を、スモーキーな香りがくすぐる。その瞬間、彼は弾かれたように立ち上がった。 「失礼しました!」 ポットを持った婦人に一礼すると、十織はアリサの手を取ってバラ園から走り去った。 「あっぶねぇ、油断した!」 「おかしいと思ったの!バラの香りでごまかされてたけど、コーヒーの匂いが漂ってたから!」 ドレミの歌のは英語ではTea(ティ)、ジャムとパンと共に飲む「紅茶」のはずだ。 「でもおかしいな、地図上に花園はあそこしかなかったのに。描かれてない花壇があるとか…… それかどっかで間違えたか?」 「間違えてはいないと思う。それに、今までの謎から考えて、トラップ夫人が地図上にない花園を『足で』探せなんて無茶ぶりしてくるとは思えない。それこそ、お茶が冷めちゃうわ」 バラ園から離れ、周りに他の参加者がいない所で、2人は立ち止まった。 アリサの息が上がっている。それは走ったせいだと分かっているが、十織の心臓は違う原因で跳ねていた。 咄嗟にとはいえ、彼女と手を繋いでしまった。すぐに我に返って離したけれど、その手は思いのほか小さく、柔らかかった。 「ねぇ、サウンドオブミュージックにバラって出てきた?」 「知らないな。映画を見たことはないんだ」 「私も。でも、あの映画に出てくる花といえば、まずエーデルワイスよね」 「エーデルワイスは日本にないから花園はできない。同じ分類の白い花ならあるけど…… 」 「待って」 アリサは手のひらで話を遮ると、記憶を辿るように目を閉じた。 「どこかで見たような気がする。たくさんの白い花。それに、英語版(オリジナル)でドレミの歌を完成させるなら、やっぱり最後はドに戻らないといけないんじゃないかな…… 」 その言葉で、十織の中で絡まっていた謎の糸が(ほど)けた気がした。 「そうだ、戻ろう」 呟くと、アリサは目を丸くした。 探偵らしく名ゼリフをキメよう。十織がそう思って息を吸い込むと、 「思い出した!」 彼女は明るい表情で叫び、十織を置いて洋館へ走って行ってしまった。
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