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Doe, a deer, a female deer
ドレミの歌を歌いながら
お茶が冷めないうちにお越しください。
古い洋館の広間に集められた十織たちに提示されたのは、そのたった2行のメッセージだった。
「ドレミの歌…… ?」
「どういう意味?主催のトラップ夫人を探せってこと?」
広間は高校生男女のざわめきに包まれた。白い花模様の絨毯の上で、スニーカーやブーツが惑う。彼ら12人は、SNSを通してある企画に応募し、厳しい予選を勝ち抜いた猛者である。
戸惑い考え込む者を尻目に、広間を飛び出していく者たちがいた。廊下の両側にある扉を片っ端から開けていく彼らが探しているのは、食堂かキッチンだろう。
ドレミの歌の冒頭が「ドはドーナツのド」だからといって、それがありそうな場所を探すのは安直だ。キッチンは食品の傷みにくい北側にあるという基本を踏まえていることはさすが予選突破者だとは思うが、建物の北側になだれ込んで行く彼らを、十織は冷めた目で見送った。
彼らに気取られないよう、そっと廊下を南へと進む。
この洋館に到着した時、十織は使用人のジェーンと名乗る女性に客間へと案内された。その際、トイレは廊下の突き当たりにあると聞いたのだが、その横に見えたものが気になっていたのだ。
長い廊下の南端。
薄暗い壁から顔を出しているのは、鹿の剥製だ。
その下に、小さな先客がいる。その後ろ姿を見て、十織は自分の考えが間違っていないことを確信した。
「気に入らないけど、考えたことは同じみたいね」
十織に気づいた彼女が、セミロングの黒髪を揺らしてふふんと笑う。小学生時代からの宿敵、アリサだ。
「トラップ夫人といえば、サウンドオブミュージックだろ。古い洋館なんて凝った舞台を用意したことを考えても、歌詞は英語で考える方が自然だ」
ドレミの歌の英語版では、冒頭のドはDoe、つまり牝鹿を指している。
「『トラップ夫人、どんな罠を仕掛けてくるんだろう?』なんて言ってる『ワナビー』もいたわよ?」
アリサはさも可笑しそうに笑った。
人を馬鹿にしたような言い方。鼻持ちならない態度は小学生の頃と変わっていない。
「ワナビーとか言うなよ。俺たちだってその一部だろ」
探偵になりたい。
高校生探偵として認められたい。
今日ここに集まっている12人は、全員そんなwanna be、つまり探偵志望者だ。
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