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今日で終わりにします
物語のカタチで限りなくリアルに近い僕の生活や意見を書き綴ってきましたが、今日で終わりにします。
母との葛藤をここで書けばスッキリするかもしれないと思った僕の考えは間違っていました。
現実に日々発生する解決不能な問題、その不条理で拉致の開かない悩みや苦しみは到底ここに書き現すことなどできませんでした。
今日、母は僕に言いました。
他の人に対する気遣いがあんなにできるあなたが、私のことは全く大切に思っていない。そんなあなたへの当てつけで、いっそ死んでやろうかと思う。どんな死に方がいいか考えている。あなたに、この苦しみはわかるまい。
このページだけを読む方がいらっしゃれば、僕が母を虐待していると誤解するかもしれません。
けれど、初めから読んで下さった方なら、僕の辛さを少しは理解いただけるかと思います。
僕は、毎日、どんなに母にキツイことを言われ責め立てられても反論せずに我慢してきました。
母が、どれほど残酷な言葉で僕の神経をズタズタに切り裂いても、黙って一人、山を歩いたり教会でオルガンを弾いたりして心の傷を癒して来ました。
母がイライラする原因の大半は、老いにあります。
老いることで、うまく仕事ができなくなった自分自身の自信喪失と、それに追い打ちをかけるような他人の態度です。
多くの患者さんや営業マンは、僕がいないと帰るようになりました。電話も僕の携帯に直接かけてくるようになりました。
半面、役所の役人や関係業者など世間の人々は高齢者である母には決して厳しいことを言わず、何か問題があれば僕を執拗に責め立てます。息子として、僕の母の管理監督がなっとらん、という訳です。
そうした様々な混乱に密かに耐え忍び、世間の母に対する同情そのものを押し隠し、僕は母を励ましながら、母にできる仕事は続けさせてやりたいと考えて来ました。
今も、それは同じ気持ちです。
母の知らないところで、どれだけ僕が母のために世間と戦っているか、僕自身と戦っているか、その戦いを続けるために膨大な時間を消費し、精神的な葛藤を飲み込んできたか・・・せめて、それだけは書き記しておきたい。
けれども、母はそんな僕の気持ちには気づかず、僕が母の心を見ようとしていないと言い、そんなに虐めるなら、僕を苦しめるために『あてつけで死んでやる』などと平気で言うようになってしまった。
そのこと自体が老いなのだと、僕は冷静に理解しようと思う。
僕は、ここまで老いぼれた母を、非難する気持ちはない。
もう終わりにします。
今まで、ここに時々記してきた僕の日常やエッセイ的な文章を綴る場所は、そのうち新しい作品として仕立てます。
長い間、皮膚科医茗荷冴月をお読みいただきました皆様、ありがとうございました。
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