母の説教

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母の説教

 なぜ安らげないか。朝早くから起こされ、母が作った朝食を一緒に食べなければならないからだ。日々の習慣で、俺は朝食を食べたくないのだが、泊まった日はもちろん『美味しそうに』食べる。  昼食と夕食は、母の手作りの食事を一緒に食べる。母は昼12時まで診察すると、サッと家に引き上げる。俺がいると11時半頃、もう引き上げてしまう。午前の受付の患者をすべて診終わるのは早ければ12時半。遅くとも午後1時には終わる。そこから実家に戻って昼食。午後2時から午後の診療開始だ。途中で何度か事務室や診察室から内線で呼び出される。落ち着いて昼食できることは、まずない。 「本当はもう仕事を辞めたい。食事の用意や家事だけに専念したい。」 と食事の度に母は言う。 「せっかく今まで頑張って来たんだから、健康なら死ぬまで働いた方がいい。母さんに会いたくて来てくれる患者さんだって多いんだから。」 と、俺は何とか母が仕事を続ける気持ちになるよう応援する。  俺は叫びたいほどの不平不満を山ほど抱えているが、実際には叫びもせず怒りもしない。  それどころか周囲に気を遣い絶えず微笑みながら、ゆっくり落ち着いて優しく話しかける努力をしているつもりだ。  それでも忙しい時には、つい早口で専門用語を使ったり、一般の方には難しいと受け止められる説明をしてしまうことがある。その瞬間を母は絶対に見逃さず、聞き逃さず、俺に執拗に抗議する。 「そういう言い方をしたら怖い。患者さんや看護師が怯えるようなモノの言い方は気を付けなければならない。あなたの説明は間違いではないが、的確過ぎると心に突き刺さる。もう少しモヤッと、わかったようなわからないようなふうに言った方がいい。」 などというような批判を、その一回のミスの後、何度も繰り返し説教される。下手すると次の週、半月後、数か月後にも思い出して説教は繰り返される。  
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