ミニ・コンサート

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ミニ・コンサート

 俺がサンドのリクエストで弾き語りすることを知った荒木は、サンドとの約束の日時そのままで別途入場料をふっかけて 『シオン ~ 弾き語りとショパンの夕べ ~』 というコンサートにすることを思い立った。  サンドに依頼を受けたのが6月の初め。コンサートは7月31日だった。コンサートが正式に決まり会員に案内状を発送したのが7月1日で、先着30名様となっていた。7月3日には、既に電話で47名の申し込みがあった。荒木は欲に目が絡み50名くらい座らせようと言った。コンサートチケットは20,000円だった。   5割は俺に支払い、残りはレンタルする椅子や案内状の印刷や送料等で、店としての利益はさほどでないと説明された。  プロのピアニストや歌手よりも高額な入場料を頂くことは俺には不快だった。それにも関わらず、先着50名までで入場を断られたお客様の不満は店で直接、俺にぶつけられた。仕方なく俺は、先着50名から漏れたお客様のために後日、2回目のコンサートを開く約束をせざるを得なかった。  俺は正直、その日が近づくにつれ不安は膨らむばかりだった。もともと72キロあった体重がコンサート直前には63キロまで落ちた。体が風に煽られる気がした。ショパンは身長170㎝で43キロくらいだったという。178㎝で63キロの方がまだしもマシではないか、と自分で自分を励ました。神経が高ぶり食欲がなく水ばかり飲んだ。大学の友だちの間では、俺はガンか何か重い病気にかかっているという噂さえ広まった。    歌は『悪女』『この空を飛べたら』『かもめはかもめ』の他、当初は明るい歌を歌いたいと思っていたが、体がヤツレルと気分も落ち込み、その時代のヒット曲の中から因幡晃の『わかって下さい』雅夢の『愛はかげろう』松山千春の『恋』を追加した。すべてが暗い切ない哀しい歌だ。  荒木は、そんな俺に、こんなことを言った。 「シオンらしくていい。伝説のシオンは悲劇のヒーローだから。お客様はきっと喜んで下さる。体だけ大切にしてくれよ。」 俺はあらゆる意味で余裕がなく、シオンの伝説を聞いてみようという気さえ起きなかった。  ショパンのピアノ演奏は、今まで夜のサロン風のノクターンやワルツを中心に弾いてきたので、コンサートでは『革命』『幻想即興曲』『舟歌(バルカローレ)』の3曲を演奏することに決めた。アンコールがあれば、お客様の要望を聞いて決めればいい。  ピアノは気楽なので、先に弾き語りを終わらせようと思った。  あと一週間でコンサートという夜、久しぶりに店を訪れたローズマリーは俺を見て驚愕した。 「どうしたの?どこか悪いの?」 「ハハッ・・・どこが悪いんだろう?今までの行いかな?持って生まれた性格かな?」 「ふざけないで・・・病院に行ったの?」 「行かないよ。行くわけないだろ。しばらくローズマリーさんにお会いできなかったから食事も喉を通らなかった・・フフッ・・・今夜は何か美味しいもの注文しようかな」 「何でも食べて。ダメよ、痩せ過ぎると・・・神経のバランスが崩れる・・・ちょっとピアノ弾いてみて。何でもいいわ。シオンの弾きたい曲を弾いて。」  俺はコンサートの予行演習のつもりで思い切り『革命』を弾いた。この1か月毎晩いや夜明けまで狂ったように弾き続けてきた曲。俺はこの1曲でお客様の心の中に俺の悲痛な刃物を突き刺し、次の『幻想即興曲』で鮮やかに心を抉り出し、最後の『舟歌(バルカローレ)』で優しく転がして静かに心を胸にお返ししようという考えだった。それを今夜はショパン好きなローズマリーで試せる。そう思った。    だが『革命』が終わった時、彼女は俺の肩に手を置き 「一度、席に戻って。あたたかいミルクティーお飲みなさい。」 と言う。 「ダメだわ。本当に革命が起きそうで怖くて聴いていられない。誰も、そんな凄まじい演奏は望んでない。私はシオンの味方よ。でも初めてシオンの演奏を聴くお客様もいる。この曲はやめなさい。『英雄ポロネーズ』にした方がいい。」 「今から?」 「大丈夫。コンサートに何を求めて人が集まると思う?わざわざ20,000円もするチケット代を支払って。みんな芸術鑑賞しようなんて思ってないの。ただ癒されたいのよ。うっとりして感動したいだけ。」  俺はローズマリーの言う通りだと思った。彼女の用意してくれたミルクティーで喉を潤おしてから弾き語りも聞いてもらった。因幡晃の『わかって下さい』を歌ってみた。歌い終わるとまた彼女は俺を席に連れ戻し、ステーキを食べさせた。 「この歌もダメ。そんなガラガラに痩せた男に『わかってください』とか言われるとツラい。わかってあげたいけど、哀しすぎて引くわ。どうせ中島みゆきの歌リクエストされてるなら、追加するなら『糸』とか『時代』とか、みんなが知ってる希望につながる歌にしなさい。全曲、中島みゆきにしちゃえ!とにかく、そんな暗い歌はダメ。お客様はみんな女性だから、男性歌手の歌はやめた方がスッキリすると思う。そうだ、あと『ファイト』歌いなさい。今のシオンに一番必要なもの『ファイト』がいい。」
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