ファイト ♪ 

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ファイト ♪ 

 弾き語りの最後は『ファイト』を歌った。   私男だったらよかった、という歌詞を歌うのは初め抵抗があった。だが、そのまま歌い上げることで俺はむしろ彼女たちと、聴衆のお客様たちと、一つになれるような気がした。きっと数え切れない多くの人々が、男も女も老いも若きも、この歌に何かを感じた。励まされたかもしれず、イヤだと思ったかもしれず、ウザいと逃げたかもしれず、心から救われたかもしれず。  こういうトゲのような鋭い主張は、最近では流行らなくなった。    多くの人々は、生身で感性を鍛えることを恐れ、生温(なまぬる)い温室の中で雨にも風にもあたらず、ぬくぬくと死ぬまで腐り続けることを選ぶようになった。ネットの中だけで泣いて笑って、現実世界では泥にまみれて素手で戦うことは避けるようになった。 『ファイト』は、そんな時代に警鐘を鳴らす。そんな時代に生きる今の俺にも、心の中で常に警鐘を鳴らし続ける。  今から15年前にホストだった俺は、中島みゆきの中に、女性の聖なる光を見た。中島みゆきの歌に寄り添う女性たちの心に、聖なる光を感じていた。  俺を強引に中島みゆきワールドに引き込んだサンドは、俺が真面目に涙を流しながら 「ファイト!戦う君の歌をー」 と叫ぶ姿に涙してくれた。コンサートが終了した時、彼女は俺に小さな包みをプレゼントしてくれた。俺は少しドキドキした。サンドは2ヶ月前よりずっと若々しく美しくなっていた。 「今、開けてみていいですか?」 「どうぞ・・」  包みを開くと森鴎外の『花子』と司馬遼太郎の『新選組血風録』という二冊の文庫本と図書券三万円分(当時はまだ図書カードがなかった)が入っていた。 「読んだことある?」 と聞かれ 「いえ。」 と答えた。  サンドは熱っぽく微睡(まどろ)んだ大きな瞳で俺をジッと見つめて言った。 「あなた将来どうするつもりなの?ずっとホスト続けるつもりじゃないんでしょう?」 「はい。親の仕事・・・後を継ごうと思ってます。」 「そう。堅実な考えね。良かった。」 「もし、そうじゃない答えだったら? 小説家になりたいとか・・ピアニストになりたいとか・・」 「小説家? あなた小説なんて書くの?」 「今は書く時間ないですけど。書いてみたい『熱い思い』は持っているつもりです。」 「まあ・・・いつか書いたら読ませてね。今夜はありがとう。」 「えっ?ちょっと待って下さい・・・」 彼女は俺の質問に答えず姿を消した。その後、再び彼女を見ることはなかった。  森鴎外の『花子』と司馬遼太郎の『新選組血風録』は、まるで違った世界観が描かれている。サンドは俺に何を言いたかったのだろう。その意図を探る密かな楽しみは、いつまでも続く。こんなふうに自分の印象を残すところは、いかにもサンドらしく、はなはだ失礼な言い方をすれば、いかにも女性らしくもある。  万が一にも、俺のこの小説を目にしたら、先の失礼な表現を、どうぞお許しください。男女平等社会の実現に大きく貢献できたのは、あなたが女性としても人間としても本質を磨くことに一生懸命であったからだと思います。年齢性別に関係なく、自分の命を磨き続ける人は美しい。
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