兄 香月

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 香月はピアノが上手かった。てっきり音楽の道に進むのかと思っていたが、眼科医になった。なぜ眼科医なのか。 「誰もが、少しでも世界が明るく見えるように」 と兄は言った。  俺は4~5歳の頃、小児結核に罹患した。本来は隔離病棟に入院すべきところ、親の配慮で自宅療養していた。毎日、親に注射を打たれ薬を飲まされた。家の庭より外へ、しばらく出られなかった。  その間に、俺は兄にピアノを習った。兄は絵の描き方や字の読み方も俺に教えた。字が読めるようになった俺は、本を読みあさり絵を描きまくった。家にあった美術全集とクラシック音楽のレコードが、俺のおもちゃ代わりだった。兄は子どもの俺が尊敬し憧れる、優しく楽しい先生だった。俺は親の言葉より、兄の言葉で多くのことを学んだ。 
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