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会いたい
8月18日、今日が最後ねと手を合わせた。
あなたが亡くなってから22年も経ったと知れば、驚くでしょうね。どんな顔を見せてくれるか想像するだけで、とても楽しくなっちゃう。
わたしは22年間欠かさず電車と新幹線を乗り継いで、肉親のいないあなたに会いにきます。これで22回目のお墓参り。
わたしも87の年になる。けして幸せでしたと思えない人生でしたが、ここまでくるとすべてが面白おかしく些細なことに思える。
「もう幾ばくですから」
夫ではない彼との思い出を浮かべて、
「ようやく」
この下に眠るあなたに会いたくてたまらない。
「会えます」
彼との出会いは夫と出会うより随分と前のことだった。
東京駅の構内で道に迷うわたしを気にかけて声を掛けてくれたのが彼だった。困り果てていたわたしは、目的地まで連れて行ってもらい、何度も頭を下げ感謝の思いを伝えた。彼がくれた言葉はたったの一言。
『道中気をつけていってらっしゃい』
もう二度と会うことはない彼の背中に、もう届かなくとも、お礼の言葉を口にした。
あの頃はわたしも忙しない日々を駆け足で生きていた。お勤め先に事務員として朝から夕方まで働き、家に帰ると兄嫁に夕飯の仕度を急かされる。お料理は嫌いではなかったから、和食を中心に考えつつ買い物から始めた。兄嫁が苦手とする掃除も洗濯も苦手ではないわたしはそつなくこなしていた。
年長者を敬うことが当たり前の時代。
兄嫁が突然家を出ていってしまった。兄は腹を立て、離婚すると言って聞かない。次第に痺れを切らした父が迎えに行って来いと背中を押す。それでも兄は動こうとしない。
母を早くになくしたわたしたちは、父の愛情に触れて生きてきた。わたしはときどき思う。母が生きていれば、こんなときになんと言ってくれるのだろう。
仕事にでる兄が夜人がくるとだけわたしに伝えた。
兄嫁が帰ってくるのだろうと勝手に思いこんだわたしは、定時通りに仕事を終えるとその足で買い物へと向かった。今日はご馳走にしようと手の込んだ献立を歩きながら考える時間は楽しかった。
誰かを思い、悩ます時間は楽しい。わたしのつくる料理を食べて喜んでくれる。それだけでやりがいを得られた。
時計の針が7時をさし、玄関の引き戸が開かれる音。小走りに迎え出ると、いつものように兄から鞄を受け取った。
お義姉さんはどこだろうと兄の背後に視線をやると、わたしは目をしぱしぱさせて時が止まった感覚に陥る。
こんばんは、と家に入ってきたのはあの時の彼だった。
わたしのことを覚えていてくれたそうで、余計に嬉しく思った。
それからわたしたちは兄には内緒でこそこそと会った。何故内密にしなきゃいけないのかと尋ねても、彼は苦く笑うだけで何一つ教えてくれない。
それから2年という月日が経ち、身も心も彼に縋るようになっていた頃。
偶然一緒にいるところを兄に見つかり、家に帰ると散々だった。
兄に止められ、父は黙ったまま悩ましい顔をする。彼に一体なにがあるのかと兄の腕を揺らして訴えても詳細は言わない。
もういいと家を飛び出すわたしは実家暮らしの彼のもとへ向かった。
けれども、追いかけてきた兄につかまり、家まで歩きながら隠された事実を話してくれた。
簡単に言えば、彼は結婚をして、離婚をした。彼の家にいったことはないから知らなかった。いま考えれば、連れていけなかったんだと知る。彼の家は聴き慣れない宗教に入っていて、その宗教は人生で一度しか結婚をしてはいけないそう。
父も兄もわたしに幸せになってほしいと願う。
彼ともちゃんと話をした。どうにもならないことをその口からはっきりと告げられると曇っていたこころの中は、ずんと重たくなり、真っ暗に変わった気分。
わたしにとっては、はじめての恋だった。
お別れをした翌朝。わたしの勤め先の前で待ち構える彼は、やっぱりたった一言残して去る。
『来世、自分と出会ってください』
なにをしていても涙がとまらない。何日も何日も落ち込んで、泣いて、2年という月日に思いを馳せる。そんなわたしを見兼ね、父はお見合いを提案してきた。
半ば投げやりだったのかもしれない。彼じゃなければ、誰と一緒になろうが変わらない。あの人がいい、あの人はどこ、あの人と一緒になりたい。こんなことばかり考えて、その日初めてのお見合いで、なんでもいいと結婚を決めた。
これがわたしにとって最も苦労の連続になるとは思いもしれない。
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