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その人は通行人と同じように横断歩道を渡ろうとこちらへ歩いてきているようだった。
ただ今までの人と違っていたのは、明らかに関わり合いを持ちたくない状況だとわかった上で話しかけてきた点だ。
「聞いてたかい? 邪魔だよって言ったんだけど」
かったるそうに首を回しながら近づいてきた人は、しゃがむことなく、腕を組んで男の横でぴたりと止まった。佑太と鈴が呆気に取られて見ているように、男も毒気が抜かれたように見上げる。
その人はまだこの季節には早すぎるカンカン帽をかぶった男の人で、ワイシャツにジーンズという格好だったが今どき珍しく涼し気な羽織を着ている。出で立ちもなかなかに個性が強かったがその男の人は目が異様に細く、つり目だった。
まだ佑太の後ろにいて、彼の肩越しにこっそり顔だけ出した鈴は一目でどこか得体の知れない雰囲気を感じた。
「なんだ、腹痛?」
構わず男に話し続けるカンカン帽。口調はやんわりしているが、さっきの男とは比べ物にならないほどの迫力がある。佑太は思わず固唾をのんだ。
「あ、いえ……その……」
「違うんだ?」
「あ、はい……ハライタじゃなくて……その……」
佑太たちに対してのあの嫌味な態度はどこへ行ったのやら、蚊トンボが鳴いたような声でしどろもどろに言葉を返す男。
「じゃあ、早くどきなよ」
その場から動こうとしないカンカン帽のつり目の人はやたらにこにこしていた。柔らかい物腰には変わらないのだが、目の奥が見えないこともあってか表情が全く読み取れない。
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