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「ねえ、あの人に喋った方がいいよ」
呆気に取られたままの佑太に後ろから鈴が小声で持ちかけた。驚いて咄嗟に彼女の方を見る。
「しゃ、喋るって……? お金取られそうだったって?」
「そう。あの人に喋った方がいい」
『あの人に』のところで鈴は、今だにこにこしたまま動かない男の人の方を見てこくりとうなずいた。
「マジか? どうみてもあっちの男の人の方がやばそうな人だと思うけど」
にわかに信じ難い佑太は、あれから自分の目の前で言葉らしい言葉を発することのできない男の方にちらりと目を向けた。恐怖のせいでというより、このカンカン帽の男の人が現れたことで、事情が分からなくなり茫然としているようだった。
「いいから、大丈夫。だってもうこっちの男の人喋れないよ」
「大丈夫って……じゃ、じゃあすずが直接言えばいいだろ」
「私は上手に喋れないもん」
「あ、ずりい」
ぷいと遠慮気味にそっぽを向いた鈴に思わず佑太もぷいっと顔を逸らした。こそこそ話も終わったところでタイミング良く、にこにことつり目の男の人が声をかけてきた。
「それでだ、ボク。この人は何してたの」
『ボク』と呼ばれたからには佑太が話をしないとならない状況になってしまった。あからさまに鈴がほっと一安心した息を漏らすのが裕太の耳に届いた。
腹を立てても仕方がない。意を決して、『やばそうな人』に対して説明をすることにした。
「あの……僕がこの子を払い除けたら転んじゃって、そしたらこの人にぶつかってコーヒーが零れたみたいで、シャツが汚れて、この子は謝ったんだけどシャツが高いからって許してくれなくて、それで」
「ボクが交渉に入ったってわけか」
なるほどねぇ、と腕を再び組み直す。佑太の拙い説明ながらも理解してくれたようだ。
『やばそうな人』が佑太の中で『やばいかもしれない人』にステータスが変わった。
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