62人が本棚に入れています
本棚に追加
「なあ、そのシャツの汚れがどぉしても気になるんだったら俺がクリーニング代とやらの金出すよ、ほれ」
そう言ったかと思うと、おもむろに羽織の内側から万札を五枚ほど取り出した。俗に言う『現ナマ』だ。
「えっ」
「わっ」
「へっ」
意外な展開に三人は一文字ずつしか発せなかった。ただ、佑太から巻き上げようとしていたあの男だけは、蛙のようにぴょんと飛んだかと思うと、すぐさまその五万をひったくった。
「へ……へへっ……とんだお人好しもいるもんだなァ」
「気が変わらないうちに早く行きなよ」
しっしっと追いやるように手をひらひらとさせたつり目の人だったが、往生際が悪いのか金を貰っても男はまだそこに居座り続けた。
さっきの茫然とした様子とは百八十度違う。まさに水を得た魚のようだ。この場合は蛙と言った方がいいのかもしれないが。
「これだけじゃ実は足りないんだよ、お兄さん。もっと景気よくいかないと」
またあのにやにやした顔を浮かべながら五万を扇のように見せびらかす。
「そういうのは教育上良くないと思うな。良い子の君たちは見ちゃダメだぞ」
男の横という立ち位置からゆっくり離れて、今度は鈴の後ろに立った。
「わっ、真っ暗」
鈴の目元を優しく、つり目の人が片手で覆う。もう片方はもちろん佑太の目元にあてられた。指と指の間から夕日による光が僅かに入り込んでくる。
「じゃあ、子供の目も見えないうちにさっさと出して貰おうかなあ」
佑太と鈴は視覚が遮られてる分、声が耳によく届く。
さすがにそろそろ周りの大人たちも見て見ぬふりはできそうにないようだ。ざわざわとした喧騒も聞こえる。
最初のコメントを投稿しよう!