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佑太の反応に満足した黒猫は鼻歌まじりに鈴の元へと戻っていく。歩いているのはカウンターの上なのに、悠々と歩く様はまるでランウェイでも歩いているようだ。再び元の場所にちょこんと座ると、鈴とお喋りに興じた。
「そいつはジュン。あのせっまいとこ通ってきたろ? この店来るにはそこしか道がねえんだ。客が相応しいかどうかまずはこいつが判断してる」
くすくすと笑いながら小次郎が説明をしてくれた。が、佑太は真っ赤にした顔をパタパタ手で扇ぎながらどこか落ち着かない。「まあまあ」と軽く宥められたが、まだうっすらと小次郎の口角が上がっていてますます落ち着かなかった。
「さっき『人間は来られない』って言ったのは、もし迷い込んできた人間が来たらその前にジュンが通さないようにしてるからっていう理由。提灯があるとはいえ、来る時一苦労しなかったか?」
「ああ、確かにシャーって威嚇されました。なんか提灯もビビったみたいで」
顔の火照りがようやく収まってきた佑太が首元の提灯に目を向けると、その時のことを思い出したようで力なく揺れている。紐までも波打つようにぶるぶるとし始めたところを見ると相当のものだったらしい。
「ほぉん。根性ねえのな」
「あ、ダメですよ。すぐそういうこと言ったら」
また小次郎が提灯に嫌味を飛ばすので、佑太はすぐさま注意をする。この迅速な対応によって喧嘩にはならずに済みそうで、提灯もすぐに大人しくなった。
と、ここで佑太は口を両手で挟むようにして声の調子を小さくする。
「猫のジュンさんのことは分かりましたけど……ほっといて良いんですか、あれ」
「ほっといて良いんですかって俺の方が聞きてえよ」
「だっ、だから、違いますってば」
「なんだ、あの慌てっぷり見れると思ったのに流石にそう上手くいかねえか。……まあ、あいつ惚れっぽいしああいうのも割と見慣れてるはずなんだが、あそこまでいくとなぁんかまじっぽいな」
小次郎にはさらりと流されたが、今度は赤面せずに割と平静に返せたので佑太の中では御の字だ。
そんなこそこそと話す男二人は「うーむ」と顎に手を当て、お互い首を傾げる。揃って視線を向けるのは鈴とジュンだ。こちらの話が終わったことに気づかず、まだ話をしていた。出会ってまだ間もないというのに、どことなく距離が縮まりつつあるようにも見える。というよりジュンがぐいぐい縮めているのかもしれない。
「ネエネエ。キミニコウシテ会エタノハ、運命ダト思ウンダ」
「そ、そうなのかな」
ジュンに相槌を打っていた鈴の視界に、忍び足でジュンの背後に回る小次郎が飛び込んだ。
草履のペタンペタンという音も、すり足をした際に鳴る地面を擦った音も聞こえなかったので余程神経を使ったに違いない。ジュンに用事があるのか尋ねようと思った鈴だったが、口元に人差し指を添える仕草をされたので黙っておくことにした。
「勿論ソウダトモ。ボクトキミハ、キット前世カラ……フギャアッ」
「あっ」
会話の途中でジュンの胴体がふわりと浮かんだ。
「ったく……口説くんだったら他所でやれ」
小次郎はジュンの首根っこを引っ掴みながら、これでもかと大きなため息をつく。ぷらーんとぶら下がっているジュンは、不服そうにそっぽ向いている。
ただ、鈴が心配そうに様子を見ている姿が目に入るとすぐさま片目を瞑ってみせた。気障な事をするものだ、と佑太は内心この黒猫にただただ驚き呆れてしまった。
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