一片の言葉

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今年の桜は、記録的な速さの開花らしい。 仕事の合間のコーヒーブレイク中、ネットニュースで今年の桜開花情報をチェックする。毎年、新入社員の歓迎会を兼ねて会社で花見会を行っているため、自然と確認するようになっていた。 別に進んで会社の花見に参加しているわけではないが、桜は好きだし、忙しない社会人生活を送っている私にとって、数少ない季節を実感出来る行事なので、それはそれで悪くないと考えている。 「花見ですかー。もうそんな時季なんですねー。」 ほんわかとした口調で後輩が声を掛けてくる。 「十代の頃より、時間が早く過ぎていく気がするね。」 「先輩が三十代になったら、さらに超特急で時間が経っちゃうんでしょうね。」 「‥‥年齢の話題は止めようね。それより、後輩ちゃんは今年の花見は参加するの?」 「もちろんですよ!これ見て下さい!」 グイッとスマホの画面を突き付けられる。 見てみると、ローカルな都市伝説をまとめたサイトが表示されている。 「えーと…?」 『S県A市のH公園にある桜の木の下で、夜中に白い着物を着た女性を見ました。怪しんで凝視していたら、目が合ってしまい思わず逃げ出してしまいました。途中振り返ると既に女性の姿は消えていました。これって幽霊じゃないでしょうか。』 何と在り来たりな都市伝説だろう。この子はこんな噂で盛り上がっていたのか。 「あっ…もしかしてこの公園って?」 「そうなんです!今度花見に行くところに違いありません!頭文字もHで始まりますし!」 「こういうのに興味あるんだ。何か意外かも。結構色んなところに行ったりするの?」 「そうでも無いですよ。基本見る専門です。実際にその場に行って呪われでもしたら嫌ですし。」 「あれ?じゃあ今回は何で?」 「花見の時期なので人が沢山居る分、もし呪われても呪いは分散されるでしょうし、お酒の勢いで何とかなるかなと。桜の木に幽霊っていうのも、ありきたりで初心者向けっぽくないですか?それに、困ったときは頼りになる先輩も居ますので!」 「うん?私は行かないよ。面倒だし。」 「そんなー!?行きましょうよー!」 「あ、それよりこっちの方が良いんじゃない?喋る黒猫だって。」 「そんなの作り話に決まってるじゃないですか!!」 「えぇー…」 そんなやり取りをしていると、わざとらしい咳ばらいが聞こえた。目を向けると、課長がこちらを睨んでいる姿が確認できた。 ヤバい。休憩時間過ぎてた…。後輩に目をやると、既にそそくさと自分の席に戻っている。うわっ課長こっちに来たよ。 仕事の時以上に頭をフル回転させて言い訳を考えていると、課長は私の席を通り過ぎ、後輩の方へ向かっていった。標的は私じゃなかったようだ。
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