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その2 はじまり
その日は土砂降りの雨だった。
私はその病院にずっと通っていたのだ。たった一人の血縁である祖母は、そこで息を引き取った。もう長くはないことは知っていた。どんどん小さくなっていく祖母が、私のことを忘れていくのが悲しかった。
(……これでもう、天涯孤独か)
一人きりになってしまった。両親はもう随分と前に亡くなっていたし、親戚付き合いもなくどこにいるかもわからず、ただ祖母と二人で生きていたのだ。介護のために仕事は在宅で出来る簡単なものだけで、あとは両親が遺してくれたお金と祖母の年金でどうにかやってきた。
「……雨、よく降るなぁ」
もうすぐ春が来る。この辺りは冬はよく雪が降るのだけど、今年は珍しく雪はあまり降らずに雨ばかりだ。
霊安室の前でぼんやりとこれからの手続きに頭を巡らせる。やることは沢山ある。不幸中の幸いで両親が亡くなった時はまだ祖母はしゃっきりしていたし、手続きにどんなことがあるのかをノートにつけながら聞いていたから、どんなことが必要か分かっているのはありがたい。
目を瞑ると、雨の音だけが頭の中に鳴り響く。
両親が亡くなって、葬儀場にいた時も雨が降っていた。
雨の音は私を孤独にする。他の何かから隔絶していく。
「……あの……」
女性の声がして、目を開いた。
声のした方向を見ると、ひとりの女性がぽつんと佇んでいる。長い黒髪が印象的な女性だった。顔にかかっていた前髪を彼女がかきあげた時、ひゅっと喉が息を吸い込む音がやけに響いた。
目の前には、私にそっくりな女の人が立っていたのだ。
思わずぱくぱくと口を動かすと、彼女は困ったような笑顔で私にお辞儀をした。
「あの、私、小山内美紗子といいます。何度かお見掛けしていて」
「は、はい」
「すごく似ている人がいると聞いていたものですから、一度お会いしたいなと思っていまして」
「はい」
「お話、できませんか?」
そう言われて、私は躊躇することなく頷いた。声さえ似ている。体型が似ていると声も似ることもあるいというが、まるで昔に本で読んだドッペルゲンガーのようにそっくりだ。
彼女の話を聞いてみたいと思った。
それが、私がここにいる理由になる――隠し事のはじまりになるとは思ってもみなかった。
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