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「はい、これ」
俺に差し出された原稿用紙には汚い字で、『みるく、あゆ、ぷりん、いちご、あんず、りんご』と書かれていた。
「なんか食べ物の名前ばっかだな」そうか源氏名か……食い意地が貼ってるだけのことはある。この女にぴったりな源氏名ではないか。俺は心の中で、キャバ店長の苦労に同情して微苦笑を送っていた。
女が、「どれがいい?」というものだから、「だから、あんたの名前だよ!」と、少し声を荒げると、女はお約束のように頭を抱える。
「じゃあ、あんた!」
ど~うしても本名を教える気がない。仕方がないので、俺は原稿用紙にあんずの『杏』を書き、これがあんたの名前ね? そう確認すると、女はこれがあたしの名前? などと言って用紙を胸に抱ええらく喜んだ。
「ありがとう!」
生まれてこの方二十五年、女に抱きつかれたことなど母親と看護師くらいしかない俺に、女は大きく手を広げ大胆にも抱きついた。俺幸せ! な訳がなく。臭い! 汗臭い! なんか変な臭いがくさい!
後で知ったのだが、これがいわゆる女性特有の匂いという未知の芳しい香りが凝縮されたものだったらしい。しかし、このときの俺にそんなことを理解しろと言う方が無理な話である。
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