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 俺は珍しく早起きした。女は見当たらない。それはそうだ、俺の部屋の明るい蛍光灯の下で見た女は眩しそうに顔を伏せていた。ボサボサの髪で顔などわからない。何処の誰とも知れない女だ。服装は割りと普通に見えたが、かつては鮮やかであったであろう黄色いワンピースの色彩はくすみ、細い手足の所々には(あざ)や傷跡があった。腹にあるシミは多分俺が踏んだ跡に違いない。俺は五回ほど踏んづけていたと思う。そのとき俺は、『蛙の踏み心地は気持ちいいなぁ』などと思っていたのである。そのときは確かに、俺にとって女は蛙だったのだから。    もしや女は蛙の化身で、蛙の恩返しにかえる。なんてことはないよな。なんて寝ぼけ眼で布団を引っぺがしても、トイレをそっと覗きこんでも、古くて狭いユニットバスをそ~っと覗いても女は居なかった。泊めてやったお礼に添い寝のひとつくらいはしてくれるかもと、淡い期待がなかったといえば嘘になる。が、あんな小汚い女に添い寝などされたものならば、変な虫でもうつされるに違いない。そうも思い、毛布だけ渡して俺はとっとと先に寝たのだった。    冷蔵庫の中を覗いても勿論(もちろん)居る筈がない。俺が買い置きしていた牛乳と、酒の(さかな)のチーズも、ものの見事に居なくなっていた。  やられた。
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