50|三日月を討つ日

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***  校長の演説を聞くというのは、多くの生徒たちにとって、言わずと知れた苦行であるが、校長にとってもなかなか頭の痛いイベントであるらしい。始業式や終業式、入学式や卒業式と、節目節目に求められる「校長先生のお話」だが、いつもセンセーショナルな話題があるわけではない。まさか同じネタを使いまわすわけにもいかず、毎回悩んだ末にひねりだしているようなところがあるという。  これは、体育館で二列に並んで座っている間に、隣の列、つまりC組の男子が話していた内容による。彼の所属する部の顧問が校長先生らしく、そんな愚痴を聞かされたことがある、と笑いあっていた。  なので、今回もそうして絞り出した話題なのだろう。年末年始、寮に住んでいる生徒は里帰りするだろうし、親の実家へついて行って祖父母と年を越す生徒もいるだろう――ということで、テーマは故郷についてだった。  「郷愁」という言葉にもみられる、郷里に対する愛しさ、恋しさ。学校唱歌の「故郷」に、ふるさと納税。結局、あちこちに飛び散らかっているような気がしないでもない故郷講話は、最終的に、「人間青山とはいえ、私は故郷に骨をうずめることが幸せだと思います」という主張で締めくくられた。意味深長な結論のようにも聞こえるが、紆余曲折に蛇行を重ねた話の流れに、すでに混乱しかけていた生徒たちは、とりあえず「『兎おいしい かの山』じゃなかったのか!」という新たな教養だけを手土産に、冬休みを迎えることとなった。  学校を出た後、アワたちと別れて駅前に繰り出していた氷架璃と芽華実は、校長の餞別とは別に、物理的な手土産の箱を持って帰路をたどっていた。 「……結局、フィライン・エデンメンバーはアワとフー以外誰も誘わなかったな」 「……そうね」 「だったらクラスメイトくらい誘えばよかったか? まあ、希湖やてまちを見てたら、雷華の部屋でやるってだけで敬遠されそうなもんだけど」 「……そうね」  足音だけが規則正しく鳴る中、氷架璃はちらと隣の芽華実を流し目にうかがった。  そっと視線を前に戻す。十字路で、芽華実より半歩前で車の往来がないか確認し、渡り切ってから前を見たまま言う。 「校長の話は気にしなくていいぞ」 「え?」 「C組の男子の笑い話、芽華実にも聞こえてたろ。校長だってネタひねり出してんだよ。誰かから聞いた話を受け売りにしたのかもしれないし、とりあえず尺稼ぐためにそれっぽいこと言っときゃいいと思っただけかもしれないんだからさ」 「……うん」 「……これからパーティなんだから、しけた顔すんなって。そういや、昼にケーキ食べるってことは……夜は? 芽薫実(めぐみ)ちゃんは夜ケーキ食べたいだろうけど、それだと芽華実のお腹が心配になる。胃というより、脂肪という意味で」  一瞬きょとんとした芽華実は、氷架璃を見つめた後、吹き出すように苦笑いした。 「氷架璃ったら。……うちは芽薫実とも相談して、ケーキやチキンは明日にすることに決めたから。そういう氷架璃は?」 「別腹」 「胃と脂肪と血糖値とコレステロール値が心配よ」 「中年オヤジかよ」  ふふ、と声を漏らして笑った芽華実の頭を、氷架璃はぽんぽんと撫でて、見えてきた鳥居に足を速めた。あと一週間ほどで、ここは一気に参拝客で埋まることになるだろう。やれツリーだ、やれサンタクロースだと大盛り上がりしたかと思えば、何食わぬ顔で改宗して初詣にいくものだから、日本人はあだし心だ。どうせまた、四月になればころっと変わってイースターを祝うのだろう。  宿坊につくと、部屋の戸は閉まっていたが、縁側に沿ってローファーが三足並べられていた。暖房を入れて準備しているのだろう。  カラカラッ、と引き戸を開けて入ると、入れたてのエアコンのふんわりした暖気と、いかにもファーストフード店らしいフライドチキンの香りに包まれた。ふすまを開けて大部屋にした畳の、向かって左にローテーブルを置き、その上に雷華が皿を並べている。奥では、腰の高さほどまでしかないかわいらしいクリスマスツリーに、アワとフーが百円ショップで買った飾りを施していた。クリスマスの慣習がないからだろう、イメージがわきにくいのか、スマホで画像を見ながら、試行錯誤している。  氷架璃と芽華実が入ってきたのを見ると、彼らは「お疲れー」「ケーキありがとう」「む」と、文字通り三者三様の反応で迎えた。
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