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26|春と半旗と波乱の足音
彼女は、春陽にきらめく新葉の間から、その場所を見下ろしていた。
黒い瓦屋根に鼠色の石壁で統一された、横に長い平屋群。塀で四角く区切られた敷地内にいくつもあるそれらは、中心に位置するひときわ大きな建物を囲うように建っていた。
まるで中央の建物を守護するかのような配置である。まさしくその通りで、唯一縦横比がほぼ等しいその屋舎は、フィライン・エデンの警察・消防組織本部の中でも、全体に指示を飛ばす総司令部室が擁された、要所中の要所なのだ。
十の執行部隊舎や道場棟、開発部棟に守られた中央隊舎。そのさらに奥地で、ビジネスチェアの形をした玉座に腰掛ける人物は、アリスブルーの小柄な少女の姿をしている。
時尼霞冴。
この世界の三大機関の一角を担うには若すぎる、齢十四歳の首領だ。気取らない、やや甘えん坊な性格で、マイペースかつ飄々としている一方、心の内側では寂しさと臆病さが息を潜めている。
そんな彼女が治めるこの組織が、正義感にあふれ、和気あいあいとしていて――そして、ひどく脆いことを、彼女は知っている。
「……希兵隊」
鮮やかな緑で彩られた山の斜面、広葉樹の枝の上に立った彼女の唇が、小さく言葉を紡ぐ。木の葉がさわさわと音を立て、琥珀色の長い髪とともに数枚舞った。風が出てきたようだ。
「これから、私が頂点に立つ場所――」
再び生まれたささやきのような声は、一陣の春風にさらわれ、空高くに吸い込まれていった。
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