26|春と半旗と波乱の足音

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*** 「すっ……げー……」  麗らかな日差しに照らされた、閑静な町の一角に位置する神社。四月の始まりを告げるように、敷地内の桜は華やかに咲き誇り、参道を壮美な景観に仕上げている。  感嘆したようなつぶやきは、その参道を進んで左手に設けられた、宿坊の一部屋から漏れ出た。  部屋は足元一面が畳で、ふすまに障子と純和風の造り。調度品も、温かい木目調のたんすや棚、鏡台などだ。ローテーブルをわきに寄せて作ったスペースで、今、三人の少女たちが、畳に寝かされた一枚の障子をのぞき込んでいた。声は、そのうちの黒髪の少女の口から発せられたものだ。 「今どき障子貼れる女子っているんだなー……」 「本当に元通りだわ。きれいに直ってる……」  隣のポニーテールの少女もうなずく。向かいで、「お安い御用よ!」と得意げな声が上がった。 「うちも和風家屋だから、障子の張り替えくらいしたことあるし。それに、もし未経験の仕事だったとしても、ちゃんとこなすわよ。プロだもの!」  そう言って、彼女は正座の姿勢のまま腰に手を当て、胸を張った。朽葉色の長い髪をリボンで二つに結わえた、活発そうな少女だ。年はほかの二人と同じだが、彼女らとは決定的な違いがある。 「やっぱり君を紹介してよかったなぁ」 「予想以上の早業だったわ。さすがね」  傍らで尻尾を揺らす二匹の猫。やや高い少年の声で言った片方は、水色の体をしており、耳の青い模様が特徴的。もう一匹は、全身真っ白な毛並みで、ブラウンの瞳をしている。名を、流清アワと風中フーという二人は、常人の知らざる猫の世界、フィライン・エデンの住人だ。  通常の猫ではありえない色素を持つアワだが、フィライン・エデンでは珍しくない。それは、存在する動物の中でもフィライン・エデンの猫の特権である、人間姿になっても同じことだ。今、障子を建付け終えた朽葉色の髪の少女の、菖蒲色の虹彩がいい例である。  黒目黒髪の人間の少女、水晶氷架璃は、よいしょと立ち上がって息をつく。 「これで雷奈も安心だな。私も安心。芽華実もでしょ?」 「ええ」  芽華実と呼ばれた、同じく正真正銘人間の少女は、ポニーテールを揺らして小さく笑った。その笑顔は、苦笑に近い。  と、そこへ縁側を上がってくる二つの足音が室内に届いた。噂をすれば、と振り返ると、引き戸を開けて、さらに二人が部屋に加わってきた。 「ご飯できたばいー……ああっ! 終わったと!? 直ったと!?」  先頭を歩いてきた、小柄な体の丈ほどある長い髪をした少女は、寄せられたローテーブルの上に盆を置いて、先ほど定位置に戻された障子に走り寄った。隅から隅まで見回すと、まるで前屈運動をするように体を折って、肺が空っぽになるまで深く息をついた。 「よかったぁー……助かったばい、おじさんとおばさんがいない間に直してくれて。バレたら縁切り確定やったけんね」 「二人は今日、地鎮祭と近所回りだっけ。悪運強いなぁ、雷奈」 「それじゃ、安心してお昼にできるね」  そう言って、雷奈とともに入室してきたもう一人が、同じように盆を机上に乗せた。肩につかない程度のボブヘアーだが、横の髪だけ胸の上まで伸ばし、半ばを白と赤の髪飾りで緩く結わえている。その髪とたれ目がちな瞳は、障子の修理を完遂したツインテールの少女と寸分違わない色をしていた。  雷奈は彼女にうなずいて、 「そうっちゃね。じゃあ、私の居候生活終了の危機ば回避したことを祝して、かんぱーい!」
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