第1話 MAZE

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第1話 MAZE

[1]  戦いが始まっていた。  戦闘は迷宮の一画で繰り広げられていた。ここは広大な面積と複雑な構造を有する地下迷路である。いったい誰が?何の目的でこのようなものを作り上げたのか?真相に行き着いた者はいない。  迷宮内は、百鬼夜行が跳梁する大魔界と化しており、路内の至るところに陰湿な罠が仕掛けられていた。迷路全体が探究や分析を強硬に拒んでいた。全滅に追い込まれた調査団も一隊や二隊ではなかった。  A隊は怪物の胃袋におさまり、B隊は石像に変えられ、C隊は壁面から生え出した無数の穂先に串刺しにされ、D隊は吊り天井に押し潰された。たちまちに犠牲者の数は百を超え、翌月は二百を超えた。  迷宮そのものが、一個の巨大な怪獣と云えた。生還に成功するメンバーもいるにはいたが、地獄巡りの果てに精神を破壊され、正気を失う者が少なくなかった。  英明とは云えないものの、愚鈍でもないかの地の領主は、甚だしい人的被害を重く受け止め、調査団の派遣は今後一切行わないことを正式に発表した。発表したが、個人や民間団体の立ち入りまでは禁じなかった。  領主は同迷路を一種の観光名所にしようと目論んだのである。迷路に潜りたがる者は、予想をはるかに上回った。ならば、連中に開放してやろうというのが、彼の考えであった。但し「入路税」はしっかり徴収する。  化物と陥穽に埋め尽くされた地獄迷路にどうして行きたがるのか?理由は極めてわかり易かった。路内には莫大な量の金銀財宝が隠されていたからである。地中の大地獄は、魔の巣であるのと同時に宝の山でもあったのだ。負け犬人生の逆転や一攫千金を夢見る者には、絶好の機会であり、舞台であった。命を懸ける価値は充分にあった。  噂を聞きつけた浪人、博徒、騒動師、無法者、その他の野心家や冒険家の類いが、領内外から続々と参集し始めた。迷路が蔵する宝物群が、文字通りの「無尽蔵」であることが確認されてからは、希望者の人数は数倍に増加した。人数が増えれば、税収も増える。領主の狙いは図に当ったかに見えた。  迷路の近辺に「潜行拠点」が築かれたのは、自然な成り行きだった。迷路の町ゼゼは栄えに栄えた。旅館、酒場、煮売り屋、売春宿、遊戯場、武具店、銀行、病院など、大勢の来訪者を迎えるため、ゼゼは成長と拡張を重ねた。かつては、辺境の荒野に過ぎなかった土地が、領内有数の繁栄都市へ進化を遂げた。
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