第1話 MAZE

11/20
前へ
/28ページ
次へ
 黒騎士が横に飛んでいた。最前まで黒騎士が存在していた空間を、二本の銀線が走り抜けていた。異常を感知した我魔籤羅の舌が、咄嗟に反応して、宙に跳ね上がった。我魔籤羅の舌に払い除けられる前に、二本の銀線は怪物の顔面に殺到していた。  銀線の正体は二本の矢であった。狙い過たず、特殊合金製の矢は、我魔籤羅の唯一の弱点を正確に貫いていた。次の瞬間、魂消る絶叫が迷路内に反響した。  両眼を潰された我魔籤羅が猛烈な七転八倒を演じていた。合金矢の射手は赤騎士であった。赤騎士は背中に背負っていた小弓(短弓とも呼ばれる)を使って、精密な射撃術を発揮したのだった。黒騎士が巨獣の舌と戦っている間に射撃体勢を整えたのだろう。黒騎士は、云わば、囮部隊として行動していたのだ。  もう一人のもぐり屋、蟹騎士は、黒と赤に「対我魔籤羅」を任せて、自分は少し離れた位置に立ち、新手の出現や不意討ちに備えていた。誰が司令官役を務めているのかはわからないが、三騎士の戦い方は、洗練されていて、態度や動作にも、余裕のようなものが感じられるのだった。  視覚を喪失した我魔籤羅が立ち上がったのはその時であった。これが死力というものなのか。通常では考えられない積極性が、怪物の巨体を動かしていた。我魔籤羅はどしんどしんと地響きを立てながら、三騎士に急迫してきた。  凶暴な咆哮が三騎士の鼓膜を振るわせた。手負いの我魔籤羅は戦車並の重量にものを云わせて、彼らを踏み潰すつもりらしい。  自慢の舌が狂気じみた勢いで大気を切り裂いていた。腕だろうが、足だろうが、その先端に捕まったら、一気呵成に口中に引き擦り込まれてしまうに違いない。  三騎士の内、赤と蟹は身を翻しざまに遁走を開始していた。動きに迷いがない。戦いぶりも見事だが、逃げっぷりも鮮やかなものだった。  その場に留まった黒騎士は、路面に大剣を突き立て、我魔籤羅の襲来を待っている。気がつくと、騎士の右手に漆黒の球体が握られていた。それは、腰の後ろに吊るしている球体のひとつであった。大きさは硬式野球のボールぐらいか。  黒騎士は死に物狂いの突進を仕掛けてくる我魔籤羅の口中にその球体を放り込むと、敏捷に反転し、同時に愛剣の柄を掴むや、野豹のごとく駆け出した。黒が目指しているのは、赤と蟹が避難している路地であった。路地に逃げ込む寸前、我魔籤羅の舌が黒騎士の足首に絡みついた!
/28ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加