第1話 MAZE

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 我魔籤羅の全身がぶるぶる震えていた。黒騎士を捕らえた歓喜が、怪物の巨躯を小刻みに震わせているのだった。赤騎士が放った二本の矢は、我魔籤羅の弱点を正確に射抜いていたが、怪物の貪欲性と凶暴性が衰えることはなかった。手負いの巨獣は今や殺気と食欲の塊りと化していた。  我魔籤羅の口から這い出る魔性の舌が、路地に駆け込もうとした黒騎士の足首に絡みついていた。一度絡みついたら、容易なことでは外れぬし、離さない。その表面は「防護膜」で覆われており、刀剣類の攻撃を受けつけない強靭さを具えていた。後は舌を通して伝わってくる「無駄な抵抗」を楽しみながら、獲物を口中に引き擦り込めばいい。引き擦り込めば、我魔籤羅の勝ちであった。  本格的な捕食活動に移ろうとした刹那、我魔籤羅は腹中で盛り上がろうとしている「エネルギーの存在」を感じていた。  突如発生したエネルギーは、鈍感鈍重の権化である我魔籤羅にさえ、感知せずにはいられないほどの大きさと恐ろしさを有していた。それは「破壊のエネルギー」であった。優秀とは云い難い脳に最前飲み込んだ『黒い玉』の印象が浮かんでいた。  我魔籤羅が浮かべる『玉』とは、黒騎士が口内に投げ込んだ球形の物体を指していた。そのような異物が投げ込まれた場合、一般の生物ならば、本能的に口外へ吐き出すはずだが、我魔籤羅に限っては、別の本能が働いていた。獲物同然に「ごくん」と、飲み下してしまったのである。そのごくんが、怪物の敗因となった。おそらく、騎士は怪物の習性を熟知した上で球体を投げ入れたのであろう。  黒騎士が投入した球体は『爆弾』であった。野球ボール大の爆弾は、太くて丈夫な食道を通過し、強力な消化液に満たされた胃袋に運搬された。我魔籤羅の胃液は早速効力を発揮し始めた。  球体の外装はたちまち溶け崩れ、封印されていた爆撃能力が、胃の中で炸裂した。解き放たれたエネルギーは、暴れ狂う火竜となって、胃壁を突き破り、骨格を壊し、分厚い皮膚を裏側から貫いて、外界へ飛び出した。  我魔籤羅の巨体が砕け散る光景を、黒騎士は無言で見詰めていた。夥しい量の肉片と血潮が、あらゆる方向にばら撒かれ、虚空を地獄の色彩に染めていた。辛うじて原形を留めている怪物の後半身から、血液と体液が多量に放出されていた。物凄い血臭が一帯を制圧していた。騎士は足首にいまだ絡みついている舌を自力ではがした。
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