第1話 MAZE

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[3]  黒騎士、赤騎士、蟹騎士の三人は迷路の九階を歩いていた。三騎士の足取りに変化はなかった。通い慣れた散策道を移動しているかのような滑らかさであった。磁石や地図を確認している様子もない。どうやら、迷路の構造を頭に叩き込んだ上で行動しているらしい。  初心者やマイナー潜行者が犯す失敗の一例として「感覚麻痺」が挙げられる。迷路の中をさ迷っている内に方向感覚や位置感覚を狂わされ、自分たちが何処にいるのかわからなくなってしまうのだ。現在位置の把握は、潜行者(もぐり屋)の鉄則であった。ベテラン潜行者は「地図を持たずにもぐる」とも、云われていた。黒、赤、蟹の三騎士も「上級」に属する熟練の一団だと思われた。  念願の財宝を入手しても、生還できなければ意味がない。そして、地上に帰る方法は、自分の足で歩く以外に方法はないのだった。背負い切れないほどの獲得物を背負った部隊が、帰路を誤り、罠や怪物の餌食になる例がかなり高い率で起きている。  一度迷路を出てしまうと、次回の潜行まで、最低半月は待たされるし、その際には、決して安くはない「入路税」を、またぞろ納めなくてはならない。一回の潜行で、できるだけ稼ごうとするのは、当然の心理だが、その分、危険度も高くなる。もぐり屋の中では「ほどほどのところで引き揚げる…」のが、長続きの秘訣とされていた。  三騎士の前方に醜悪な生物が出現していた。四足歩行のモンスターである。分厚い唇の奥に刃状の歯牙が凶暴に並んでおり、口の横から長く赤い舌がだらしなく這い出していた。その舌が大量の唾液を分泌していた。小山のような巨体。ぬらぬらと光る黄緑の体表に疣状の突起物が無数に生えていた。腐臭に似た体臭を漂わせていた。どろりと濁った怪物の目玉が、三騎士を捕捉していた。新鮮な餌を見つけた喜びに体を震わせていた。  怪物は【我魔籤羅】と呼称される種族であった。我魔籤羅は通路を塞ぐ形で三騎士の前に居座っていた。これより先に進もうとするならば、打倒するしかない。  我魔籤羅の貪欲性は有名であり、長舌で捕らえた獲物を口内に引き摺り込むやいなや、ごくんと「丸呑み」にしてしまうのだった。大型の胃袋と強力な消化液の持ち主であり、我魔籤羅に呑まれたら最後、助かる見込みはほとんどなかった。加えて、弾力性に富んだ皮膚は刀剣類を寄せつけない。できれば交戦を避けたい厄介な相手であった。
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