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『こほん。……あー。このメッセージを聞いているということは、私は既に死んでいるのでしょう。……うぅん。死ぬまでに一度は言ってみたかったセリフなのに、あんまり言ってやったぞ感がないなぁ。ま、いっか。
さて、ハルカちゃんの暗号を解けたカナタ君に、報酬として本当の遺書を聞かせてあげよう! ……ん? 文章じゃなくて言葉だから、遺書じゃないのかな? ……何て言うんだっけか。えーと……そうだ! 遺言だ!
まぁ、そんな細かいコトは置いといて。まずは、どうして手紙じゃなくて、こういう遺言になったかってことから説明しとこうかな。
って言ってもそんなに深い理由があるわけじゃなくてね。普通にお涙頂戴の文章を書いてもいいんだけどさぁ、なんかツマンナイじゃん? ってわけでなんか面白いことしたいなって思ったわけ。
何で知ったのかは忘れちゃったけど、人間ってさ、最後まで残っている五感は聴覚なのに、最初に忘れちゃうのは声なんだってさ。面白くない?
そんなわけでさ、手紙よりも声の方が、『私』がずっと残るかなって思って……あぁ、違う違う! もー。寂しがり屋みたいになっちゃてる……。うぅん、何て言えばいいのかなぁ。
あぁもうおしまい! カンペ書いて撮り直す!』
再生が終わると、手の甲に、熱い液体が零れているのに気が付いた。
「……何だよ。結局何が言いたかったんだよ。結局、撮り直しもしてねぇし」
別に、感動したわけでもないのに、ぽたぽたと涙が零れてくる。ただ、何十回と浮かんだ言葉が、「あぁ、死んでしまったのか」という言葉が、突然に重くなった気がした。
最期まで、彼女らしかった。考え無しにすぐに行動するのも、照れると早口になるところも。決して大きな声ではなかったのに、胸を思い切り叩かれたように声が残っている。
袖で涙を拭う。本当に、どうして泣いているんだか。理由は分からないけれど、フワフワと浮いていた身体が、漸く重力を取り戻したみたいになった。
ボールペンと紙を手に取る。言いたい言葉はたくさんあった。聞きたい言葉もたくさんあった。それでも、何か一つだけ伝えられる言葉があるのだとすれば――――
◇
ハルカの葬儀が執り行われている。場の空気とは正反対に、写真の中の彼女だけが笑顔だ。
弔辞は無事に読むことが出来た。途中、上擦った声になってしまったが、震えを誤魔化すように、最大限に声を張った。
小さな棺桶に入った彼女の顔を見詰める。起きそうな気配はない。けれど、安らかな顔をしている。
彼女の声が聞こえた気はしない。棺桶の中の彼女が微笑んだような気もしない。不意に風が吹くことも、ぼんやりとした丸い光が昇っていくこともない。
それでも、限界まで声を張った。定型文の感謝の言葉と、別離の言葉を、他でもない俺の声で叫んだ。
人間の五感で、最後まで残っているのは聴覚だという。それが死後数日経っても残っているという話は聞いたことがない。けれど、残っていないという話も聞いたことがない。
それならば、言ってみた方が得だ。ハルカなら、きっと、そうする気がする。返事が来ることはないのは分かっている。それでも叫ばずにはいられない。なぁ、ハルカ――
――この声が聞こえるか。
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