この声が聞こえるか。

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 字が汚いだけかとも思ったが、目を凝らしてみても、やはり「52HZ」と書いてある。何だコレ。暗号か?  そういえば、アイツはこういった暗号とかが好きだった。宝の地図なんて嘘くさいものを見つけては「一緒に行こう」とよく誘ってきたものだ。そうして服を汚し、身体に擦り傷を作った様子を見て、よく親に「もっと女の子らしくしなさい」と怒られていた。  こっぴどく叱られたあと、「男は自由に探検できていいよね」と恨みがましい目で見られたものだ。懐かしい。思い出に馳せていると、何か込み上げてくるものがある。目元を触ってみるが、濡れた様子はない。  ……待てよ。これはもしかして、暗証番号なんじゃないか? 病院のベッドで、パソコンで何かしていたのを思い出した。日記でも書いているのだろうかと思い覗き見ようとしたことがあるが、ロックがかかっていて見れなかった。  何をしていたのかと聞いてもはぐらかされたが、もしかしたら、パソコンで遺書を書いていたんじゃないだろうか。  そう思い立ったがすぐ、足が動いていた。どこに行くのという母の言葉を無視して、隣の家のチャイムを鳴らす。 「……あら、叶太(かなた)君。どうしたの?」  少し待つと、おばさんが出てきた。いつもは快活で元気だが、目は赤く腫れて、声のトーンも随分と落ち着いている。 「ちょっと、見せてほしいものがあって。……悠花(はるか)が病院で使っていたパソコンってありますか?」 「あの子が使っていたパソコン? ……あぁ、あるわよ、ちょっと待っててね」  おばさんは思ったよりもすぐに戻ってきた。脇には小さめのパソコンが抱えられている。ここで、いつもなら長話が始まるのだが、お礼を言うと、おばさんは「いいのよ」とだけ言って、珍しくすぐに家に戻っていった。  俺も家に帰り、自分の部屋に戻る。母が怒気を孕んだ呆れ声で何かを言っているが、構っている暇はない。  パソコンを立ち上げる。目当てのファイルは見つかった。ロックがかかったファイルが1つだけある。思ったように『52HZ』は暗証番号だったようで、それを打ち込むとロックが解除された。  少し意外なことに、文章ファイルではなく、音声ファイルだった。作成日はアイツが死んだ3日くらい前だった。  ヘッドフォンを着けて、ファイルを開く。耳鳴りのような音が少し聞こえたかと思うと、『あー、あー。テステス』と呑気そうな声が聞こえた。それは紛れもなくアイツの声だった。 『これってちゃんと聞こえてるよね? 確か内蔵マイクみたいなのがあるって聞いたんだけど……。まぁ、あとで確認すればいっか』  相変わらずおちゃらけた調子の声だった。ゴクリと生唾を呑む音が聞こえた。心臓が波打っているのが感じる。
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