この声が聞こえるか。

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この声が聞こえるか。

 遺書を書く理由は分からなくもない。伝えたい人がいるからだ。けれど、弔辞を書く理由は分からない。伝えたい人はもういないというのに。  幼馴染が死んだ。病死だった。先日、見舞いに行ったときは元気そうにしていたのに。死んだと聞かされて顔を見に行ったときも、今にも起きてきそうな寝顔にしか見えなかった。  タチの悪いドッキリだと言って欲しかった。そしたら俺は何と返すだろうか。呆れたように溜息を吐いて「アホゥ」と呟いただろうか。それとも、病気なんてことを忘れて全力でビンタでもしただろうか。  そんな意味のないことばかりが頭の中を駆け巡る。その度に「あぁ、死んでしまったのか」と、脳がその意味を理解できていないまま、フワフワとした気分で結論を出す。  手元にはヨレヨレになった封筒がある。アイツが書いた遺書が入ったものらしい。こういうのは葬儀まで開けてはいけないと、どこかで聞いたことがあるが、遺書といっても手紙のようなものなので、まぁ開けても良いだろうという判断がされた。  封筒の表には俺の名前が書いてある。弱弱しい筆圧だった。封はまだ切られていない。アイツの両親は控えめに、ウチの両親は言葉を伴って「早く開けてやれ」とまくし立てる。  友引だか何だかで延期されていた葬儀は、明日執り行われることになっている。それまでに書いておけと言われた弔辞は、書き留めておく紙すら手元にない。  何も思いつかない。空っぽの頭が言葉にならないとりとめのない思考をくるくると回しては、「あぁ、死んでしまったのか」という言葉だけが、また浮かんでくる。  遺書。……何て書いてあるんだろうか。今までありがとう的なことでも書いてあるんだろう。改まって行儀よく書いてあるんだろうか。それとも、友達言葉で書いてあるんだろうか。  中身は気になる。けれど、何となく読みたくない。そんなこんなで遺書の封を切ることができない。  アイツの性格のことだから、素直にお礼みたいなのが書いていない可能性もある。「はずれ」とか、十分にありえそうだ。……笑えない。何だか、動くのが怠い。表情筋も、動くのが億劫なのだろうか。  ……開けるか。  そう決意して、封筒の封を切った。厳重に糊付けがしてあるから、凄く剥がし辛い。鋏で切っても良いのかもしれないが、何と無しに、ぺりぺりと剥していく。  封筒の中にあったのは、小さな紙切れ一枚だった。これはいよいよ、「はずれ」と書いてある可能性が高い。  2つ折りに畳まれている紙を広げると、「52HZ」と書いてあった。
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