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「幻の露天風呂」ときいて、一番最初に反応したのは横溝隆。
この卒業旅行の言い出しっぺであり、我ら松川大学ラグビー部の主将を務めていた男である。
ポジションはスタンドオフ、いわゆるチームの要、司令塔のポジションだ。
結して大柄ではないが、均整のとれた身体の持ち主で、パワーとスピードを兼ね備えている。
ボールさばきなどの技術面もそつなくこなすオールラウダーであるが、もっとも卓越しているのは戦術面であり、チーム全体からの信頼がとにかくあつい。
溢れ出る圧倒的なキャプテンシーは男女問わずとにかくモテる。
試合前にチームを鼓舞するために組む円陣での隆の情熱的な言葉にはいつも胸が熱くなり、俺も涙を流したことは一度や二度ではない。
とにかく、かっこいいのだ。
なのにそれを鼻にかけることもない。情に熱くいわゆる熱血漢で、少し古いタイプの青春映画の主人公のように感じることもあるが、普段の言葉使いや所作が丁寧なのでおそらく育ちがよいのだろうと思っている。
そして、とにかく面倒見がよい。
後輩に対してだけでなく、落ちこぼれそうだった俺の居残り練習に、隆が加わってくれたおかげて、俺はラグビーを最後まで続けられることができた。
卒業旅行にこのラグビー部の思い出の地を選んだのも実に隆らしい。
「その露天風呂って近くなんですか?」
「いや、幻っていうだけあって歩いてしかいけない山奥にあるんだけど、ここからなら3時間くらいでいけるぞ。
いつも鰆岩までハイクするだろ。そのちょっと先にあるんだよ」
「鰆岩ハイク」
それは毎年合宿の最終日前日に行われる、プチ登山である。
プチ登山といっても山道をひたすら登るわけで、途中からはけっこうな急勾配のため、足腰の鍛練になる。特に体重の重いフォワード陣にはきついハイクなのだが、
ラグビー部全員で登り、鰆岩と呼ばれる巨大な岩を囲んで円陣を組み、校歌を唄うのが伝統行事となっている。
合宿の〆にあたる大切なイベントで、全員参加が決まりであり、もちろん脱落者も出さない。
隆はこういったイベントが大好きなので、きっと行きたがるだろうなぁと表情を伺うと、やはり瞳をキラキラさせている。
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