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あの過酷な夏のハイクを思い出すと、正直しんどいし面倒だと内心思っていたら意外なところから援護射撃があった。
「俺は別にここのシャワーでいいっすよ」
チーム1小柄な男、そして、チーム1冷静沈着な男でもある真壁厚の声だった。
ポジションはスクラムハーフ。
フォワードとバックスを繋ぐ、重要な役割であり、スタンドオフの隆と並び戦術面でのキーパーソンである。
スクラムを組む際、厚がスクラム前方に入れたボールを最前列中央のフッカーというポジションの選手が蹴りかき、スクラム後方に運ぶ。その間に厚はスクラムの後方に素早く移動し、再びボールを受け取り、バックス、主にスタンドオフの隆にボールを供給する。
素早い動きと瞬間的な判断能力、正確な球だしなどが要求され、一般的には小柄の選手が多いのが特徴である。
まさに厚には最適なポジションである。
あの小さな身体で100kgを越える選手の圧力を受け、自らタックルをもしかけにいくのだからそのハートの強さにはいつも感服していた。
冷静沈着な性格とは逆に顔面は童顔でリスザルのような愛くるしさがある。
猫カフェめぐりと猫グッズ収集が趣味という意外な側面を持ち、いわゆるギャップ萌え的な要素が強い男でもある。
身軽な厚は鰆岩ハイクくらいで体力的にしんどいということはないはず。単に3時間近く歩くのが面倒なのだろう。
でも、行きたくないと思ったのが自分だけじゃないとホッとした。
「でも、せっかくだからでっかい風呂で足伸ばしてゆっくりしたいだろ?」
「いつもシャワーしか浴びないんで、あんまその感覚もないっす」
「そうか、残念だなぁ。
まあ、お前らが行かないんだったら別にそれでいいけど」
と、少しも残念そうじゃない様子で部屋から出て行こうとした。
「広くて、景色がよくて、お肌もスベスベになって、それに…」
最後にその台詞を残し、髭モジャの顔を手でさすりながら、いたずら好きな少年のような表情を浮かべ、そそくさと部屋から出ていった。
四十路を向かえるこの男、時々ドキッとするほど魅力的な表情をみせる。
俺は言葉の内容よりも、その残像に心を奪われていた。
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