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五十川雄介の視点
「幻の露天風呂?!」
高原のペンション千洋の一室から、男達の野太い声が響き渡った。
ここは長野県菅平。
標高が高く涼しいこの地域は、夏になると全国の数多のラグビー部が無名有名問わず、合宿地としてこの地を訪れる。
季節は早春。
いつもの菅平の春はまだ寒さが厳しく、夏のような賑わいは全くみられない。
しかし、今年は暖冬の影響で雪景色はなく、すっかり春めいていた。
そんな菅平に男五人で来ている俺たちも松川大学ラグビー部員…いや、すでに引退した身なので正しくは元ラグビー部員になるわけか。
四年生レギュラーだった五人で卒業旅行に行こうということで、汗と涙と泥にまみれた青春がたっぷりつまったここ菅平に、そして、合宿所としてお世話になっていたペンション千洋に来ているというわけだ。
ちなみに、ペンション千洋は松川大学ラグビー部のOBである八坂千洋が一人で切り盛りしているペンションであるわけだが、どう贔屓目に見ても外観はペンションというよりも民宿や旅館という言葉の方がよく似合う古風な木造建築である。変に洒落ていないぶん、個人的には落ち着ける場所であることは間違いない。
この八坂千洋という中年独身男、見てくれはラグビー部OBだけあって山男風というか熊男というか、迫力ある風体なのだが、見た目によらず丸太のような腕でとにかく何でも器用にこなすタイプの人間である。
先ほど古風な建築と言いはしたが、傷んでいるわけではなく、そして清掃などもよくゆき届いている。
1階にはオーナーの居室と食堂、風呂はなくシャワーブースが6つ、トイレと大広間(合宿のときはいつもここで雑魚寝をしている)、
2階には洋室にはリフォームされたバス&トイレ付きのツインルームとダブルルームが2部屋づつとシングルルームが1部屋、そして12畳の和室が1部屋あり、今回はこの和室で俺たち五人はお世話になっている。
夏は専らラグビーの合宿所として繁盛しており、冬はスキー客が訪れる。
今くらいの季節からは閑散期になるのだろうけど、聞くところによると家族連れのハイカーやプロの写真家など固定客が手堅くついているとのこと。
その理由はおそらく、このオーナーが作る料理にもあるのではないかと思っている。
夕食で提供されるコース料理も朝食の和定食もとにかく旨い。そしてボリューミーだ。
その旨い料理をたっぷり食わしてくれるのが俺たちにとってはまたたまらない。
そんなペンション千洋のオーナー、八坂千洋が夕食を食べ終えてだらだらと過ごしている俺たちの部屋にやってきてた。
「お前ら、明日、幻の露天風呂に行ってみないか?」
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