三日目

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三日目

 昼食をどのグループで食うかだの遠足のバスで誰の隣に座るかだの長い夏休みを誰と過ごすかだの、そういった人間関係なんて俺にとっては遠い外国の小都市の市長選程度の些末ごとにしか感じられず、まあはっきり言ってしまえば興味の範疇に全然ないわけだが、俺の幼なじみにとってはそうしたあれこれが学園生活を左右するほどの一大事らしい。  ともかくその日の午後。俺がこうして「汽水域」の居心地の良い窓辺の席でブレンドコーヒーを飲みながら孤独と安寧とに浸ろうかと思っていた矢先に、こいつは熱でもあるのかと心配になるくらい顔を真っ赤に上気させて俺の前に現れたのだった。  鼻息も荒く、幼なじみが絶叫。「やっぱりここにいた! またこんなところに一人で来て!」  長いながい煩雑な授業から解放され、さてようやく好きな本の続きでも心置きなく読もうかと思っていた俺は、この闖入者の登場にただただ嘆息。「なんだよ、ご注進にでも及ぶのか?」 「どうして私を呼んでくれないのっ」言うなり、そいつは俺の向かいの席にドスンと腰を下ろす。そしてあたかも諳んじるかのように、厳かに注文。「私、いちごミルク」 「俺はブレンドコーヒー。砂糖は、じゃなかったミルクは結構」 「カッコつけ」そんな風に憎まれ口を叩きつつも、こいつはチラチラと曰く言い難い視線をこちらによこす。 「なんだよ」 「別にィ」  学園一と謳われる美少女と、喫茶店で二人きり。うちのクラスの有象無象どもが涎を垂らしそうなシチュエーションではあるんだけど、しかし。 「あっ、ちょっと待った!」と俺──私は叫んだ。「何か足りないと思ってたんだよなぁ。そうだそうだ、ここが喫茶店なら、当然観葉植物くらいはあって然るべきだな」  パキラの鉢植えが、床に一つ。窓辺には、花瓶に生けられたチューリップとひまわりと彼岸花。 「なんだぁこりゃ、取り合わせがめちゃめちゃじゃないか。季節感もへったくれもありゃしない」私は地団駄。地面の感触が、確かにあった。「くそっ、またやり直しだ」 「ねぇ、汽水域ってどういう意味なの」 「なんだい、今考え事をしてるんだ──海と川の境目って意味だよ」 「海、ね……」  ちょうどその時、いちごミルクとブレンドコーヒーがポッと出現。
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