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四日目
精力盛んな太陽が、あまねく世界を苛む夏。その女は「汽水域」にやってきた。
「汽水域」は関東と東北の境目に位置する駅の前に立つ、古色蒼然たる喫茶店である。外装はオープン当初から少しも変わってはいない。赤煉瓦で縁取られた出窓、重厚なアンティークのドア、入り口に取り付けられたカウベル。店は辺りの商店街の風景──明治時代からそこに立つ瓦屋根の和菓子屋、その駐車場に立つ、南国調の橙色の花を満開に咲かせたノウゼンカズラの木、金文字の看板を掲げた古い木造の酒屋、かつては銀行だった石造りの建物を流用した、破風飾りやアーチ窓が見事なバー──に、すんなりと溶け込んでいる。
内装も外見同様、開店当初の空気を色濃く留めている。カウンターの端に置かれたピンク色の公衆電話。山小屋風の吊りランプからの光に煌めく、サイフォンやグラス。灰皿の一つに山と積まれた店の銘入りのマッチ箱。かつては本当にプレイできた、今では稼働していない古いゲーム筐体を使い回したテーブル。このテーブルに頬杖をつき、私は窓辺に置かれた中国を思わせる青磁の花瓶に生けられた鬼灯を眺めていた。緋色の果実は全部で四個あった。
「また、こんなところに一人で来て」私の向かいに位置する、破れて黄色い詰め物がはみ出たソファに腰かけながら、地元の公立高校の制服──紺のブレザーに白い角襟のブラウス、ブレザーとそろいの色のスカート──姿の女は言った。彼女が提げた学校指定のボストンバッグには、丸いマスコット人形が二つぶら下がっていた。マスコットはそれぞれ鶯色と桜色で、いずれも和菓子を連想させた。
「なんだい、ご注進かい」
「どうして私を呼んでくれないのよ」
私たちのテーブルの端には、ガラス製の灰皿と銀に輝く砂糖壺とメニュー表が載っている。メニュー表の紙は黄ばんでいて、長らく日に晒されていたことが察せられる。
「私、いちごミルク」それから、何も言わずにいる私に問いかける。「あなたは?」
「ブレンドコーヒーを──こりゃ、やりすぎかもしれないな。いたずらに並べ立ててもダメなんだろうな」
「何の話?」
出し抜けに、いちごミルクとブレンドコーヒーが現れた。薄桃色の飲み物の、背の高いグラスは汗をかいている。白いマグカップからは、湯気が立ち上っている。鏡面の如き漆黒の飲み物には、私たちの顔が映っていた。
ミルクを断るのを忘れていたことに、私は気づいた。マグカップの傍には、ミルクを注ぐための小さな陶器製の容器が鎮座していた。牛を象った容器だった。
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