六日目

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六日目

 ある晴れた、暑い土曜日の午後。私は「汽水域」の窓辺の席に腰かけ、通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた。 「汽水域」は駅前に位置する、個人経営の小さな喫茶店である。この窓辺の席から通行人や景色を眺めるひと時は、私の大のお気に入りなのだ。犬を連れて散歩する初老の男、スーパーの袋を提げ、汗をかきかき横断歩道を渡るおばさん。おそらくは店主のお孫さんなのであろう、キックボードに乗ったまま向かいの和菓子屋を出入りする男の子。和菓子屋の駐車場にはノウゼンカズラの花が咲き乱れていて、もうすっかり季節が夏になったことを教えてくれる。  通りを行き来する車もいろいろだ。ごくありふれた乗用車にバス、タクシー。それに家畜の運搬車。この街の山手は、大規模な農場として使われている。あの運搬車は、おそらくはそこからやってきたのだろう。  いったいどんな動物を運んでいるんだろう──私が興味を抱き、車を見送っていた時。いささか乱暴に、重い木のドアが開けられた。 「やっぱりここにいた。またこんなところに一人で来て」  声の主は、誰あろう、私の幼なじみだった。制服姿のまま、戸口に仁王立ちしてこちらを睨んでいる。 「やあ。ご注進に及ぶのかい」 「どうして私を呼んでくれないのよ」そう言いながら、彼女は私の向かいのソファにドスンと腰を下ろした。そしてお冷やのグラスとおしぼりを持ってやってきたマスターに、いちごミルクを頼んだ。 「あなたは?」 「僕はもう注文したよ。ブレンドコーヒー、ミルク抜きで」 「カッコつけ」 「うるさいな、子供舌」  マスターが行ってしまった後、私は熱帯魚の水槽を見ながら、小さくかぶりを振ってこう言った。「違うなぁ──確かに今までで一番よく書けてる気はするんだけど」 「何を一人でブツブツ言ってるの」 「いや、なんでもない。こっちの話さ」  通りのどこかで、小鳥が鳴いている。 「ねぇ、私たち、なんだか前もこうしてここに座っていた気がしない?」  僕が何かを言おうとしたちょうどその時、マスターがコーヒーのカップを持ってき
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