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七日目
ある晴れた、暑い日曜日の午後。少年は「汽水域」の窓辺の席に腰かけ、通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた。
「汽水域」は駅前に位置する、個人経営の小さな喫茶店である。この窓辺の席から通行人や景色を眺めるひと時が、彼にとっては何にも変えがたい至福の時間だ。犬を連れて散歩する初老の男、スーパーの袋を提げ、汗をかきかき横断歩道を渡るおばさん。おそらくは店主の孫なのであろう、キックボードに乗ったまま向かいの和菓子屋を出入りする男の子。和菓子屋の駐車場には、ノウゼンカズラの花が咲き乱れている。
通りを行き来する車もいろいろだ。ごくありふれた乗用車にバス、タクシー。それに家畜の運搬車。この街の山手は、大規模な農場として使われている。
いったいどんな動物を運んでいるのか興味を抱き、少年が車の消えたあたりをぼんやりと見つめていたその時。木製のドアが、いささか乱暴に開けられた。
「やっぱりここにいた。またこんなところに一人で来て」
声の主は、誰あろう、彼の幼なじみの娘だった。制服姿のまま戸口に仁王立ちして、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている友人を睨みつける。
「やぁ──それで、どうするんだい。ご注進に及ぶのかな」
「どうして私を呼んでくれないのよ」
そう言いながら、彼女は少年の向かいのソファにドスンと腰を下ろす。そしてお冷やのグラスとおしぼりを持ってやってきたマスターに、いちごミルクを頼んだ。
「あなたは?」
「僕はもう注文したよ。ブレンドコーヒー、ミルク抜きで」
「カッコつけ」
「別になんだっていいだろう。僕の勝手じゃないか」
「子供舌、って言わないのね」
なんとなく水槽の魚を眺めていた彼は、驚いて少女の方を見やった。「なんだって?」
「違う──私が会いに来たのは、あなたじゃない」
しばし、気まずい沈黙が流れる。会話の欠落を補うように、どこかで小鳥が鳴いた。
その時、ドアベルをチリチリと鳴らして、新たな客が姿を現した。「やあ、どうやら気づいてしまったようですね」
その姿に、少年と少女はギョッとして顔を見合わせる。
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