うるさい、うるさい。

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 ***  その日は、なんだか疲れて早めに眠ってしまった。翌日の日曜日、目覚めると妙に気持ちが晴れやかになっていることに気づく。  その原因はすぐにわかった。土日は昼夜問わず聞こえていたはずの、ヨウチューバー男の叫び声や笑い声が一切なかったからだ。 ――ま、まさか……まさかほんとにか!?  本当に、願いが敵ったのだろうか。自分が望んだ通り、うざい奴等から声を取り上げてくれたのか。あるいは、両隣のバカが揃って引っ越しでもしてくれたのか。 ――よっしゃあ!こんな最高の朝はねえ……!あのチラシは本物かもしれねーぞ!  俺は喜び勇んで昨日入手したチラシを探した。しかし残念ながら、いくら探してもあの紫色の派手なチラシが見当たらない。葉書を書くのに使った後、何処に置いたのかまるで記憶になかった。ひょっとして、誤って捨ててしまったのだろうか。  ガサゴソと探しているうちに、俺はなんだか頭が妙にくらくらすることに気がついた。同時に、強い違和感も。 「……なんだ?」  あれ、と思って声に出す。しかし――出したはずの声が、まるで響かない。思わず喉を押さえた。風邪でも引いたのだろうか、何故声が出なくなってしまったのだろう。  じわじわと、足下から這い上がる恐怖。  恐る恐る、俺はテレビをつけた。朝のニュースをやっている。キャスターが明るい表情でお天気を伝えている。  俺はどんどん顔から血の気が引いてくるのを感じながら、あのチラシの言葉と――自分が書いた要求を思い出していた。 『このチラシが届くのは、教祖様のお力を必要としている方だけなのです!  教祖様は人を殺すような無粋な真似はできませんが、望めば貴方を悩ますあらゆるものを消すことができます!』 『方法は簡単!葉書に“消したいもの”を書いて、こちらに郵送していただくだけ!』 『俺の隣の部屋のヨウチューバーがうるせえ。ついでに反対の部屋のカップルもうるせえ。あいつらのキモ声を消してくれ』  がくん、と膝から力が抜ける。 「あ、あああぁぁぁぁぁ!」  俺は頭を抱えて叫んだ。  けれどその声は、いくら喚いても嘆いても――俺の聴覚を、震わすことはなかったのである。
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