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日に日に、ヨウチューバー男への憎悪は募っていく一方だ。
遠方の妻や娘が数えるほどしか電話をよこさないこと。カップルが自重する様子がないこと。そして、会社で浴び続ける理不尽な叱責。それらを当人にぶつけることができないせいで(特にカップルは夜の仕事でもしているのか、いつ帰ってくるかも不定期でわからないのだ)、怒りのすべてが殆ど自宅にいると思われるヨウチューバーに向きつつある。
こいつがいるから何もかも上手くいかない。
こいつがいるからイライラが収まらない。
自分の世界が滅茶苦茶になる一方なのは全部あいつのせいなのだと、それしか考えられなくなりつつあった。自分はもっと認められるべき存在なのに、誰からも見も気もされなのは何故だ。あのようなチャラくて迷惑な男が、当たり前のように隣室でのさばっているからではないか、と。
そんな、会社が休みの土曜日のことである。
カタン、とポストから小さな音が鳴った。寝坊をした正午過ぎ、新聞が来るタイミングではない。またパチンコ屋のチラシでも突っ込まれたのかと思い、俺はしぶしぶとベッドから降りた。
思えば、予感はあったのかもしれない。いつもならチラシが入れられたくらいで、わざわざ見に行こうなどとは考えないはずなのだから。
「……なんだ、これ?」
それは、怪しげな宗教団体のチラシだった。あなたの望みを叶えます!なんてチャチで怪しい文字が踊っている。
馬鹿らしい、と俺は鼻で笑った。こんなものに縋るのは、心が弱くて思い込みが激しいバカどもだ。自分は違う。本当に正しいものがちゃんとわかっている人間なのだから――そう思いつつも、なんなく紫色で彩られた文字を眼で追いかけていた。
そして、視線が一点で――止まる。
『このチラシが届くのは、教祖様のお力を必要としている方だけなのです!
教祖様は人を殺すような無粋な真似はできませんが、望めば貴方を悩ますあらゆるものを消すことができます!』
そして、その言葉の下には端的な一行が。
『方法は簡単!葉書に“消したいもの”を書いて、こちらに郵送していただくだけ!』
本当に、馬鹿にしていると思う。こんなものを信じたってバカを見るだけなのだ。それがわかっている自分は、こいつらよりも数倍賢い頭を持っているはずである。
そう、思っていた。けれど。
――試して、インチキだったら笑ってやる。別に信じたわけじやねぇからな。
妻に送るために必要だろうと思って、そのまま埃を被って使わずにいた葉書。しまいこんであったそれを棚から取り出すと、俺はでかでかとボールペンで願い事を書いた。
『俺の隣の部屋のヨウチューバーがうるせえ。ついでに反対の部屋のカップルもうるせえ。あいつらのキモ声を消してくれ』
本当は、あいつらみんな殺してくれと書きたかったところだけれど。人を殺すことはできないと言うなら仕方ない。あいつらのうざい声がなくなれば充分に生活は快適になるだろう。
俺はその日のうちに葉書を投函した。チラシによれば、半日くらいすぎればもう教祖様が動いてくれるという。葉書が着くにしては早すぎだろと思ったが、まあそれでもいい。あくまで信じたわけではなく、インチキを笑ってやるために乗せられたフリをしてやるだけなのだから。
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