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「有利さんには言わないでね。二重にショックを受けるだけだから。恋人って言っても、男だとあの人は思ってるから」
「ど、どうして? 俺には?」
勢い込んで聞くと、汐菜はわずかに首を横に傾けた。
「さぁ、どうしてだろう。……でも、有楽くんには言っておいた方がいいと思ったから、かも」
ほぼ通学で使われるだけのローカル線、しかも田舎の無人駅だから、夜の19時という中途半端な時間には誰もいない。
ふたりで短い階段をあがり、雨風だけはしのげる掘立小屋の長椅子に、少し間を開けて座った。
一時間に一本の電車はまだこない。先ほどのは反対方向の回送電車だ。
「私の恋人がね、ちょっとメンタル的に面倒くさい子で、嫉妬や束縛も凄かったし、それでもう疲れちゃってて。一方的に彼女に別れを告げられた時に、有利さんに告白されたの」
ヒールの先を見つめながら、ポツポツと汐菜は話し始めた。もしかしたら懺悔を聞いて欲しかったのかもしれない。
「有利さんに結婚を申し込まれた時も、私、嬉しくて。ああやっと私も、普通の人間になれる、普通の幸せがつかめるんだって思ったの。だからためらわずにオッケーしたの」
普通の人間、という言葉に有楽も胸をつかれた。一瞬、原田の飾り気のない笑顔が胸に浮かんだ。冷たい新堂の横顔も。
そして放課後に見せた毅然とした言葉とは裏腹なあの手の震え。
無理して笑ってみせる汐菜と、どこか重なるところがあった。
だから今、それを思い出してしまったのか。
汐菜の小さな溜息が聞こえた。それで、我に返った。
「……本当に私、あなたのお兄さんと結婚、するつもりだったんだよ。でもね、私が付き合ってた子、高校の同級生だったから、私が結婚するって昔の仲間から聞いたらしくてね、泣きながら私のマンションに来たの」
俯いたまま、汐菜は低めの声で、静かに語り続ける。長めの前髪に阻まれ、目元まではよく見えない。
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