世界が色づいた時

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それから約四時間後、午後十時半、私は部屋で寝ぼけ眼を擦っていた。 葵と共同の約十畳の自室にある、物心ついた時から使っている二段ベットの上、私は葵が本を読み終えるのを今か今かと待ち構えていた。 なんでも、読み終えるまで電気は消してはいけないらしい。 「まだー?」 「うん」 ボーッと待っているのも時間が勿体無い。なにかすることは…「そうだ」 私は携帯を取り出して、明日の七時にアラームをセットする。この家には目覚まし時計というものが存在しないからだ。 ー五分後 「まーだー?」 「うん」 もう他にすることがなく、もう寝ようと試みたが、明るいところでは眠れない。仕方なくもう一度携帯を持ち上げる。 ブルーライトの付いていない、黒い画面に映るのは、自分の腑抜けた面構え。 それを見て、私は最近気にし始めたパーツに手を添えた、瞼。 どうして父も母も葵も二重なのに、私は違うのだろう。 薄い瞼に、爪で線を引っ掻く動作をする。すると瞼には、一瞬だけ両親の様な二重になる。 ならまあいいかと割り切って、もう一度葵に向かって叫ぶ。 「まぁーだぁー?」 「うーん」 気の抜けた弟の返事に、とうとう我慢の限界が来た。 私はベットを降りて、葵から本を奪い取った。 「もう寝なさい」 「なにすんだよ」 口調は強いものの、芯のない声。この時、彼も眠気を堪えているのだと私は悟った。しかし、同情はしない。 「そんなに眠いなら寝ればいいでしょ?これが面白いのは分かるけど、人に迷惑はかけないで」 怒鳴り気味に言うと、葵は少ししょんぼりとしたようになる。そして小声で呟いた。 「……今いいところなんだ」 「え?」 今度はもっと大きな声で 「今、いいところなんだ、人脳で仮想世界を実現することは可能か否かってところなんだ」 「なんじゃと?」 「だから、人の脳で仮想世界を実現することは可能か否かってこと「ごめん最初からわからない」 どうやら彼が読んでいたのは、哲学的分野の随所だったらしい。そんな訳の分からないものに、私は付き合わされていたのか。 「とにかく、もう寝なさい。本は明日でも読めるでしょ」 強制的に電気を消して、布団に潜る。葵も渋々寝つこうとし始めた。 しかし、今度は逆に私が寝付けなくなってしまったようだ。変に目が冴えて、体がムズムズする。 しばらく目を開けたままでいると、暗がりに目が慣れ始めて来た。 そして、どこからか微かな話し声のようなものが聞こえてきた。 目を閉じて、全身の神経を研ぎ澄まして耳を傾けると、父と母の、夫婦団欒の会話だった。 母のおっとりした声と、父のどっしりと低い声が交互に聞こえてきて、時折笑いが起こる。 私は素直に楽しそうに思い、眠れないと言って介入しようかとも思った。しかし葵に、自分から寝ろと言ったくせに起きていると思われるのは、なんだか癪に触った。 なので大人しく寝ることにする。 羊ならぬ、好きなアニメに出てくる登場人物の数を数えていると、意外にも早く眠気の波がやってきた。 どんどん意識が溶けていくような感覚がきて、それに身を委ねる。 私はあっという間に深い安息に行き着くのだった。
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