9. 救世主

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「ちょっとその財布、見せて貰っていい?」 財布を持った男子に声を掛けた。 「あぁ?」 威嚇される。 「それ、俺のだから返して」 財布は間違いなく俺のだと思った。 「はっ?寝惚けたこと言うてんちゃうぞ。これは俺のや」 悪びれもせずに返してきた。 やっぱそうなるよな。 「中身見せて。俺の免許証入ってるから」 「はぁ?言い掛かりか!?」 1人がそう叫ぶと、全員で威嚇してくる。 5対1はさすがに勝てる気はしない。 「現金やるからそれ以外は返せ」 拾われたのは確かなわけだから、それで落とし所を提案したが、後ろに居た1人が俺の胸ぐらを掴んできた。 「痛い目にあわせたろかっ」 胸ぐらを掴んだ男がそう怒鳴ってくる。 「だから、中身見せてって言ってんだよ。俺のだから」 耳元で怒鳴られて耳が痛い。 向かってきた拳を間一髪で手で受け止める。 「殴ったらダメだろ」 そう言ったが、後ろに居たもう1人がすかさず俺の腹を一発殴ってきた。 地面によろけた俺。 痛いし、イライラするしで、気持ちは抑えられなかった。 俺はすかさず立ち上がって、殴ってきた奴の顔面を殴り返した。 それがゴングで喧嘩がはじまる。 美容師になってから、真白と一緒に居るようになってから、喧嘩なんて一切しなかった。 むちゃくちゃだった自分をしっかり正してきた。 だけど、所詮俺は、どうしようもない親から生まれたどうしようもない人間で、こんな風に頭の悪い解決方法しか知らない人間なんだ。 喧嘩の仕方は知っている。 一番強い人間をボコボコにすればいい。 相手はそれで怯むから。 俺は一番偉そうにしていた財布を持っている男に狙いを定めて馬乗りになって殴った。 「おいっ、ヤバいって」 「イカれてるやんっ」 それが誰の声かわからない。 だけど、 「おいっ!警察呼んだぞっ!」 の声に、ハッとした。 その一瞬の隙に、馬乗りの相手は俺を地面に押し退け、逆に馬乗りになられてしまう。 「まずいって!あかんあかん」 「警察くるからっ!逃げんぞっ」 俺に馬乗りになった男を引き離すように、男の仲間が両脇を抱えて逃げる。 「おいっ!財布返せっ」 そう声を掛けると、 「おっさん、イカれてんな」 と捨て台詞のように言って、財布を放り投げ逃げてった。 地面に落ちた財布。 俺はヨロヨロと立ち上がる。 顔面とか身体とか、とにかく色んな所が痛い。 周りがザワザワしていて、野次馬が居たことに気付く。 口の中が血の味がして、ぺっと吐くと、赤い唾液が地面を濡らした。 財布を拾う。 良かった……真白に見立ててもらった財布だ。 想い出が詰まってる。 フラッとして、誰かに背中を支えられた。 温かい手。 「大丈夫か?」 問い掛けられて、その手の主を見る。 さっきの警察を呼んだと発した声と一緒だった。 「とにかく、ここから離れな。ホンマに警察来てまう」 「えっ?呼んだんじゃないんですか?」 「アホ、そんな面倒なことせんわ。そやけど、誰か呼んでてもおかしないから、ここ離れるで」 殴られたからか視界が霞んでいた。 どこかで聞いたことある声。 年輩の男性に俺は支えられて、連れられて足早に歩いた。
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